415話 脱出可能、逃走不可 01
【脱出可能、逃走不可】
危機の瞬間。
車に轢かれるだの、ナイフで刺されるだの、猛獣に襲われるだの。
『これは死ぬかも』級な、命が危ぶまれる状況において。
何故か人間は、過去の出来事を脈絡も無く思い出してしまうらしい。
単なる記憶反芻だけでなく、死んだ筈の家族や友人が話し掛けてくる、とも。
───ああ、もっと簡潔に述べよう。
アニメでは大抵、背景が真っ白になってスローモーションに移行する。
そして、BGMはピアノバラード。
幼い頃に見た景色とかセピア色で映し出されて、ボイスにはエコーが付く。
この時、ヒロインが登場して微笑んだりしたら、アウトだ。
もう絶対に、助からない。
死亡確定だ。
記憶が正しければ、この一連の現象は《ソーマトー》と呼ぶんだったか。
───けれども、僕の場合。
えいや、と地面を蹴り、宙に躍り出た時に。
思い出したのは幼少期でも、家族でもなく。
『豆知識』だった。
《高所から落下した場合、人間は頭部が重い為、逆さ向きになる》
───おい!
───それ、マジなのかよッ!?
”マジだよぉぉ”
クライマンの声が聴こえた気がして───
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「ほら、掴まって」
差し出された手を握り締め、何とか岩場を上りきり。
それを越えれば辺りは、ちょっとしたビーチのような、白い砂浜だった。
「大丈夫かい、マーカス?」
「・・・毎度の事だけど、あんまり大丈夫じゃない。
ギリギリで手は出したが、かなり顔面から着水した」
「あらら。
でも、中々の飛びっぷりだったよ?
あそこで躊躇して飛距離が出なければ、岩場に直撃だからねぇ」
「あれだけ背後から撃たれまくってたら、思い切りもするさ。
それにしても・・・これ、どれくらいの高さだったんだ?」
眩しい日差しに目を細めながら、『崖』を見上げる。
「おおよそ15メートル、ってところかな。
水泳の『飛び込み』が10メートルだから、かなりの冒険だったね」
僕の隣、シンイチローも同じように空を仰いで言う。
「完全に、素人がやっちゃいけないレベルだろ。
こんなの命が懸かってなきゃ、絶対飛べない。飛びたくない。
シンは平気なのか?
顔から落ちなかったのか?」
「はっはっは!中年は腰回りに脂肪が付くからねぇ。
私は、お腹から『いった』よ。
君もあと20年したら、こうなるさ!」
いや、嬉しそうに言わないでくれよ。
同じになりたくはないし、腹から落ちたって痛いのに変わりはないだろ?
全然良くないぞ。




