414話 LV100の手品 05
「死体の山」
”1+1は?”、と問われたみたいに。
躊躇無く、母は言った。
「千切れた30人分くらいの死体が積み上がって、血が滴り落ちてる。
でもね。
血溜まりは赤いけど、切断面は石のような灰色だわ。
あなたが『そんなもの』を見たことがないから、想像出来なかったのか。
それとも単に、想像したくなかったのか」
「──────」
ぞわり、と。
全身に鳥肌が立った。
寒気に震えた。
リンゴやミカンのように、単純なものじゃなく。
ありきたりではない、極端な状況をイメージしたのに。
どうして。
一体どうやって、『思考を見た』のか。
まさか、魔法!?
でも、あたしが常々張っている《障壁》には、何の反応も残っていない───
「ああ、怖がらないでね?
これはただの、《手品》なんだし」
「───《手品》?」
「そうよ。《魔法》じゃなくて、《手品》。
だから、ちゃんとトリックがあるのよ」
───”トリックがある”。
そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、2つ。
『ホット・リーディング』と『コールド・リーディング』。
前者は、事前に第三者を用いて情報を取得しておき。
後者は、その場での観察と会話により、対象者から無意識に漏洩させる。
どちらも、《自称・霊能者》や《インチキ占い師》がよく使う手口だ。
勿論、そこに思考誘導と、”当たっている”と思わせる話術が加わるのだが。
あたしは、誰かに『死体の山』について話した記憶なんて無い。
そういう猟奇的な趣味は持っていないし、そう匂わせたこともない。
したがって、『ホット・リーディング』の線は薄いだろう。
まあ、自分の無意識部分を完全に信頼することは出来ないが。
それにしたって、ちょっとないと思う。
じゃあ、『コールド・リーディング』?
いや、繰り返しになるが、あたしは今日『死体の山』について話していない。
それに近いような話題も、母との間に無かった筈。
思考誘導なんて、論外だ。
玄関で靴を脱いでからの全ての会話を、憶えているけど。
その中に『死体の山』を連想させるフレーズがあったとは、微塵も思えない。
だとすれば。
───今日ではなく、もっと前から『仕掛けられていた』?
大学に合格して、家を離れる前。
高校時代?
中学時代?
それとも。
もっともっと昔に??
いやいやいや。
まさか。
いくらなんでも、ないよ。
そんなのもう、ホラー映画じゃん。
ああ、駄目だ。
『恐怖』に逃げ込むのは、駄目!
そこに身を浸してしまったら、物事は絶対に解決出来なくなる!
「ねぇ、薫」
「?」
「子供って思慮が足らなくて、加減も分からず、残酷よねぇ」
相変わらずこちらを見ないまま、母が言った。
「お母さんね。
面白くって《これ》、何度も繰り返して遊んだのよ。
そうしたら、しまいには相手が吐いちゃってね」
「───それ───ひょっとして、おばあちゃんの事?」
「そう」
ああ、やっぱり。
一昨年に亡くなった祖母は、殆ど母と口をきかなかった。
姉もあたしも、可愛がられる事がなかった。
そりゃあ、そうだよ。
いくら《手品》とはいえ、『読心』は猛毒だ。
おまけに、どうせ母のことだから、最後まで種明かしをしなかったんだろう。
そんなのやられたら、吐くに決まってる。
夜中に包丁で刺されたって、おかしくないよ。
「薫は、とても賢いから。
この《手品》は一度しかやらないし、ヒントも無しよ」
「───」
今、さり気なく褒められたけど。
多分、生まれて初めて、”賢い”なんて言ってもらえたけど。
どうしてだろう。
少しも嬉しい気持ちにならないや。
「もし、これが解けたらね。凄くいいものをあげるわ」
「いいもの?」
「そうよ。
この世で一番大きな豪邸より、価値があって。
所有していることを知られたら、生涯に渡って命を狙われるような。
そういう『宝物』」
「──────」
何なの、それ。
核兵器より危なそうなんだけど。
「この《手品》って、お姉ちゃんには」
「したことないわよ。
由紀は挫折に弱そうだし、きっと深みに落ちて人生が台無しになっちゃうわ」
「あたしなら、どうなってもいいの?」
「《魔法使いだ》なんて言う子には、それくらいがお似合いじゃない?
まあ、答え合わせはいつでもいいけど。
お母さんが生きてる内に、よろしくね」
「───うん」
生きてる内、って。
まるで寿命があるような言い方だ。
あたしには、母が死ぬようには思えない。
たとえ、どれだけ『見かけ』が年老いたとしても。
たかだか100年程度で死を迎えるような生き物だとは、認識出来ない。
───そんな母から出題された《手品》。
今はまだ、解決の糸口さえ見付からず。
この先どうやって推測を進めるのか、全く思い付かない。
これは間違いなく、最高難易度だ。
向こうからすれば、これ以上だってあるのかもしれないけど。
こんなの、本当に解けるのかな。
いっそ、本当は《魔法》だということにして、投げ出したいくらいだよ。
───ああ、失敗したなぁ。
調子に乗って魔法なんか、見せるんじゃなかった。
おとなしくしてたら、こんな事にはならなかったろうに。
美味しくお寿司を頂いて。
懐かしいベッドで一晩眠って。
朝はトーストに、これでもかというくらいバターとジャムを塗りたくって。
”それじゃあ、さよならー”。
適当な物陰から転移一発で帰って、終わる予定だったのに。
重症だ。
精神がもう、グチャグチャだ。
しばらくは、何を食べても味なんかしないだろうなぁ。
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ふわふわと力の入らない脚で二階へ上がり。
左側にある自室の扉を開ける。
クローゼットの奥に待っていたものは、最後に見た記憶とは重ならなかった。
その姿が、大きく期待から外れていた。
結局、サイズやデザインがどうこうの話ではない。
入れっ放しの防虫剤と除湿剤だけで長期保管とか、そもそも無理だったのだ。
白かったはずの靴紐やバッグの持ち手が、煮しめ色に変色し。
硬く乾いた合皮素材は、経年劣化で無数の亀裂が走り、剥離している。
(まあ、仕方無い)
冷静に考えれば、傷んでしまったのは、ずっと前なのだろう。
引っ張り出したのが3ヶ月前でも一年前でも、きっと同じ。
この結果と失望感に、何の変わりもないはず。
(仕方無いよね)
理屈では分かる。
納得出来ている。
大して残念でも、大袈裟に騒ぐほど悲しいわけでもない。
もう使えないなら、新しく買えば済むこと。
けれど、あたしは。
今日この日に、こんな有り様を目にしたくなかった。
───堪えきれず、座り込んで泣いてしまった。
触れただけで、ボロボロとフローリングに溢れ落ちる破片。
それは。
今のあたし、そのものだった。




