413話 LV100の手品 04
「・・・それが、魔法?」
「そうよ」
「・・・ふうん」
TVで明日の天気予報を見るような、特に感動を含まない表情と声。
そしてまた視線は、雑誌へと戻される。
「火事にならないように、気を付けてね」
「───」
あたしは小さく溜息を落とし、掌の上の《炎》を消した。
”ふうん”、て何よ?
驚かそうと、若干大き目に出したのに。
感想はそれだけなの?
「もしかして、インチキだと思ってる?」
「《魔法》なんでしょう?
それとも、手品だったの?」
「違うけども」
よく考えてみれば、やった事は手品に見えておかしくない。
”ハイ!”、なんて掛け声と共に一瞬、火を出現させる。
そういうのをやる《手品師》は、いくらでもいそうだ。
「あのね。今のは、本当に」
「納得がいかないのなら、そうねぇ。
”薫は《魔法使い》だ”と、お母さんが証明してあげればいいかしら」
「───え??」
「ちょっと待っててね」
コーヒーを飲み干し、そのカップを持って母が立ち上がり。
ぽかん、となったあたしを尻目に、キッチンへ歩いてゆく姿。
蛇口から流れる水、カップをすすぐ音。
それから。
湯沸かしポットのモーター音と、湯気。
「お待たせ」
戻って来た母が左手でソーサーを取り上げ、カップを載せた。
そして、それをテーブルには置かず、持ったままで言った。
「この中身を凍らせて」
「───」
「カップは割れてもいいわ」
瞬きもせず、湯気の中心を見つめる冷たい瞳。
なるほど。
座るまで『何をしてほしいのか』を言わず、『対象』を宙に浮かせる。
これは、あたしが《仕込む》のを防ぐ為か。
「───じゃあ、やるよ?」
「ええ」
「───はい。終わり」
ソーサーに横たわっていた銀色のスプーンを取り。
母は『さっきまでお湯だったもの』をカツカツ、と叩く。
ビキンッ、と鋭い音が響いて、カップの持ち手が割れ落ちた。
「ほぼ室温を変化させずに、0.8秒で凍ったわね。
始めるまでに1.2秒掛かったのは、影響の範囲を限定させる調整かしら」
「───」
あたしは、返事をしない。
母は、あたしに話し掛けていない。
これは独白、もしくは自問自答のようなものだ。
「箱の中に隠したり、布で覆うことなく。
協力者ではない相手が持つ、オープンな状態。
そこから《何らかの追加》ではなく《対象を変化》させる事は、非常に難しい。
離れた場所から瞬きの間に150ccの熱湯を凍らせる、小型の冷却装置。
それは、ありえない。
あったとしても、席を離れて戻って来るまでに用意は出来ない」
「───」
「だから、薫。
あなたは本物の《魔法使い》なのよ。
おめでとう」
「──────ありがと」
これは勿論、赤ペンで丸をしてもらえる、ちゃんとした証明方法ではない。
消去法の体裁ではあるけど、最初に『手段の全て』が列挙されていない。
そこが保証されなければ、絞り込んだ答えも無意味。
よって、冷却装置を否定したところで、”だから魔法なんです”とはならなくて。
誰かが”こんな方法もある”と言い出したら、たちまち覆る。
”何故かこの部屋に透明な異星人が居て、そいつが撃った冷凍光線が当たった”。
そんなものでさえ、提案されたら証明が崩れる。
けれど、何も提案されなければ。
『証明方法』の欠陥自体が指摘されなければ、そのまま通過してしまう。
まかり通ってしまう。
何故、こんなザルみたいなやり方で『証明』だなんて主張するのか。
それは。
母にとって、やっぱり興味が湧かないから?
本気で考えるような事じゃないから?
なのに、本来あたしが言うべき台詞が取られちゃってる。
結局、微塵も驚いていないし。
「ここまでしてもらって、文句を付けるわけじゃないけどさ。
あたしがもし、『そういう装置』を発明してて。
たまたま持ちあわせていた、としたら?」
「そんな革新的な技術と、運の良さがあるなら。
それはそれでもう、《魔法》という事でいいんじゃない?」
「───少しくらい、びっくりしてよ」
「してるわよ」
「してないじゃん、全然」
「そう見える?
お母さん、これでも動揺してるのよ」
「嘘」
「本当よ。嬉しいというか。
いえ、嫉妬のような感じかしら」
「───」
ちょっと。
急に何なの?
我が子にそんな、ネガティブな感情を向けないでよ。
「《魔法》に対抗して、お母さんも《とっておき》をやっちゃおうかな」
「───何?」
「どんな事でもいいから、頭の中で考えてみて」
「え?───考える?考えるだけでいいの?」
「そう。
目を閉じたりしなくてもいいから。
ただ強く、鮮烈に思い浮かべてね」
「───分かった。
今から始めてオーケー?」
「ええ」
強く。
強くね、うん。
イメージを作る。
強く、強く。
念じるように、願うように。
鮮烈なイメージを作って、固定する。
何の素振りも気構えも見せずに雑誌を読み続ける母を、しっかりと見たまま。
───15秒くらい、経過しただろうか。
ぱらり、とページを繰りながら。
眠たげな声で、母が言った。
「もうやめていいわよ、薫。
それ、とても気持ち悪いから」




