410話 LV100の手品 01
【LV100の手品】
昔から、家族の事は極力、言わないようにしてきた。
『それ系』が話題にのぼる時は、さり気なくその場を離れるようにしてきた。
”XXXさんのお父さんって、何の仕事してるの?”
この手の質問に正直に答えちゃうと、さぞや喰い付きが良いだろうけど。
こっちとしては、それで目立ちたい訳じゃあない。
むしろ放っておいてほしい。
ただの一般人。
ただの一般家庭として、普通に暮らしたいだけなのだ。
まあ、父親は───《裁判官》だ。
正式に呼称するなら、『高等裁判所の所属判事』であり。
持ち回りで《裁判長》として職務を果たすこともある。
法学部、法科大学院と進み、司法試験クリア。
一発合格とかは、当たり前の事で。
そういう人間達の中でも上位の、ひと握りだけのエリートofエリート。
凄く真面目で、頑張り屋な性格。
きっと、これからもまだ出世するんだろうな。
そろそろ高等裁判所・長官の席が見えてきたところ、なのかな。
そして、母親は───《翻訳家》。
フランスの書籍を訳すのが主な仕事だけど、映画の和訳字幕も手掛けている。
仕事量から見て、かなりの稼ぎがあるのはあたしでも分かる。
一部の業界での有名人、という感じだろうか。
ネットで調べると、それなりにヒットするし。
フランスに関する事しか興味が無い、かなりの変わり者だけど。
とどめに、姉は。
東京のTV局に勤務の───いわゆる《女子アナ》。
名門中学、名門高校を経て、難関とされる大学にサクっと合格。
メディア関係のみに絞って就職活動して、危なげもなく複数の内定確保。
そして現在では、お茶の間で人気の《おねえさん》というポジションだ。
きっと多くの女子が羨むような階段を、笑顔で駆け上がってる状態。
芸能人と結婚とか、あるのかなー、やっぱり。
───お分かりいただけただろうか。
仁生家の諸々は、よそ様にお話し出来ない。
とてもじゃないが、こんなのを口にしたら最後、妬みの的。
イジメや陰湿な嫌がらせの対象になりかねない。
けれどね。
そりゃ職業は特殊かもしれないけど、これでも《一般家庭》だ。
皇室の血統でも、巨大企業の創始者でもない。
住んでる家だって、ごく普通の大きさだ。
職種なんて、ただの飾り。
むしろ、一般的でないのは『素の部分』。
個人の資質かもしれない。
ぶっちゃけてしまうとさ。
ウチで普通なのは、お父さんだけです。
お父さんのみ、《普通の人》。
頭が良い、それだけですぐに他人様は、”天才だ”なんて言いたがるけど。
お父さんはとても努力して、ひたすらそれを繰り返して、現在がある。
そうしないと絶対に、裁判官にはなれなかったと思う。
言い換えれば、頑張らなければ『ただの人』レベル。
規則で許されているなら、エリートにはいつからでもなれる。
だけど《天才》には、後からなることができない。
そりゃお父さんの『地頭』は良いから、IQテストの結果なら上位だろうけどね。
あたしからすれば、そういうのは特に凄い事でもない。
ただの《並》、という感じ。
───あたしと姉、お母さんは、いわゆる《天才》型。
傲慢と謗られようが、これは紛うこと無き事実。
そういうふうに生まれてきたのだから、そんなものなのだ。
《天才》は、ほぼ努力を必要としない。
あたしだって、魔法に関する以外は特段、努力なんかしてこなかった。
どうにだってやってこれた。
それは、姉やお母さんも同じ事。
───ただ、あたし達3人、それぞれのタイプはバラバラだ。
あたしと姉を比べると、表面的には似ている。
学校の勉強だの試験だの、そういう結果なら差は無い。
あたしは《魔法使い》として生きる決心をしたから、学歴に拘らないけど。
受験しなかっただけで、姉と同じ大学に合格するのは容易い。
そこから先の女子アナとかは、ノーコメントにしても。
姉は、《真っ当な天才》であり。
あたしは、《真っ当でない天才》。
違うのは、『物事の理解のしかた』だ。
期末試験で両者、満点だったとして。
姉は、自分のやり方を誰かに教えて同じ点数を取らせることも出来る。
あたしには、それが出来ない。
自分がどうやって理解、習得したのかを、説明不能。
何故そんな単純な事を他人が分からないのかが、理解不能。
前に夢で見た、《予言の娘》。
あそこまでじゃないにせよ、あたしと彼女は少し似ているのだ。
言葉で教えられない。
『それ』は『それ』なのだ、としか。
どうしても他者に解説出来ない課程がある。
もしウチが、伝統芸能に携わる一家なら。
姉ではなくあたしに継いだりすると、完全に『詰み』だ。
次代に繋げたとしてもそれは、形式だけのこと。
本質の部分は永久に失われてしまうだろう。
何の分野でも、《天才》に任せるとこういう『落とし穴』がある。
出来栄えの優劣だけで短絡的に後継者なんか決めたら、そこから先が続かない。
しっかり努力する《普通の人》のほうが、圧倒的に安全、安心なのだ。
まあ、いいけどね。
あたしはあたしだけで魔法を完結させるから、別に構わないし!
そして、残りは。
お母さんについてだけど。
───お母さんは、その。
───本当に、よく分からない。
《天才》なのは、間違い無い。
でも、特殊すぎて理解が届かない。
姉は常々、”お母さんには勝てないよね”と笑っていた。
勿論、母親に逆らえない、という意味ではなく。
あたしも同感だ。
何をやっても、勝てそうにない。
殆どの事柄に興味を示さず、家事も最低限しかやらないお母さん。
けれど。
何かの拍子に、《魔法》へ目を向けたなら。
面白いと感じてしまったら。
きっとあたしは、敵わない。
あたしより、ずっとずっと先へ行ってしまうだろう。
絶対に追い付けない。
この世に《神》が存在するならば。
それは、自分の母親かもしれない、と思っている。
冗談でも大袈裟でもなく。
全知全能という意味での、《神》じゃなかろうかと畏怖しているのだ。
自ら視野を狭め。
好んで檻の中に閉じ籠もっていても。
その実、やろうとすれば全部出来る。
知っている。
母にはそういう得体の知れない、上限が推測不能な『真っ黒い部分』があり。
垣間見えるのだ。
姉と、あたしには。
ギリシャ神話だと、神は司る事象で区分され、人間的な個性を与えられていて。
欲に溺れ、嫉妬に駆られ、失敗もする。
その辺にいるような『ただの人間』に騙され、出し抜かれる事すらある。
ゼウス様なんか、大暴れしてクレーム付けてもいいくらいの描かれ方だ。
けれど、ウチのお母さんは違う。
多分、何でも出来て、失敗なんかありえない。
そして。
何故やらぬよう、関知せぬように自分で規則を定めたのかが、分からない。
その思考に及びがつかない。
”お母さんて、どんな人なの?”
母だけに限定して問われたなら、あたしは答えるだろう。
”家族で一番の変わり者で、よく分かんないや”
それが正直なところなのだ。
《あたし》という、固有の意識を持つ存在が産み落とされて、すぐ。
『世界には、人間の姿をした人間でないものがいる』と教えてくれたのが。
こともあろうに、実の母親だったのだ。
いや、これ本当、大真面目に。




