409話 禁断の箱 04
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”せっかく地上へ出たのだから、末の娘に会いに行きます”
強引に俺の分まで支払いを終えた後、『お母様』は消えた。
転移ではなく、《追跡系》の魔法で。
つまり、場所が分かっているのではなく、知っている相手が対象という事。
”ミンシャオ、にげて。おかあさんが”
どうしてか、『直接私信』も『緊急通信』も使えないらしく。
慌てたリーシェンがスマホで電話するが、まあ、その。
間に合わなかったようだ。
そして───
「嵐が過ぎ去れば早速、サボリか」
当たり前のようにアジトまで連いてきた馬鹿に、溜息。
「だって・・・たばこ、吸いたい」
「プラス、うちの甘いモン食い尽くすつもりだな?」
「だいじょうぶ。おかわりは、しない」
「嘘つけ、お前は遠慮とか出来る奴じゃないだろ」
信用とは、日頃からの行いによって積み上げるものだ。
こいつにはそれが、全く、これっぽっちも無い。
誰も期待していない。
故に。
ストロベリークリーム入りのロッキーロードは、全て食い尽くされると。
おそらくマギルもそう覚悟して、追加の用意をしていたのだろうが。
───何と、本当にリーシェンは、『お代わり』しなかった。
一皿空けるまで、実に5分以上。
普段の10倍掛かって、ようやく食べ終えた。
コーヒーも、いつもはドバドバ入れるミルクや砂糖を、少しも使わず。
俺の真似をするかのように、完全なブラックだ。
いやいや。
これは違和感が満点どころか、異常事態である。
「お前、どうしたんだ?
そこまでされたら、物凄く気持ち悪いんだが?」
「・・・頭が、いたい」
「そりゃあ、あんなに叩かれたらな」
「ちがう。3日まえから、いたい」
「あ??体調不良か?」
”だったら、タバコ吸うなよ”と言わないのは、喫煙仲間としての優しさ。
重度のスモーカーは、頭や喉が痛かろうと決して挫けないのだ。
そういう方向にだけ、無駄な根性があるのだ。
「とりあえず、帰って寝てろよ」
「そういうわけに、いかない」
「何でだ」
「・・・」
「おい」
「・・・・・・『宿題』が、とけた」
「ああ───アレか」
もしかしたら、という期待はあった。
有り体に言うと、意外性に賭けた。
やはり、薬学関係に限定するなら本当に優秀なんだろうな、こいつは。
それ以外が問題ありまくりで、全然目立たないが。
「徹夜でもしたか?頭痛の原因は大方、それだろ?」
3本目に火を点けながらリーシェンが、やや俯く。
「うん。
作り方は、わかった。わたしには、作れないけど。
あと・・・作製者が、誰なのかも」
「───誰だ」
「・・・・・・《名前を口にしてはいけない、原初の竜》」
「へぇ。それはそれは」
「・・・なにそれ。
もっと驚いてくれないと、たっせいかんがない。
おまけに、すごくムカつく。
ひょっとして、最初からしってた?」
「そんな恐い顔するな。
『蜘蛛』は可愛らしく、が基本なんだろ?
俺のはまあ、単なる勘だ。確証が無い。
ちゃんとした《専門家》の意見を聞きたかったんだよ」
「ううぅ・・・・・・しょうこは、これ」
恨みがましい目をしたまま、取り出されたノート。
「ぜんぶ読めば、わたしのこたえが正しいって、わかる。
ゔぁれすとの頭じゃ、1ぱーせんとしか理解できないかもだけど」
「たった今、気付いたんだが。
お前、一日に一回しか俺の名前を間違わないんだな」
「ふざけてる場合じゃ、ない」
「へいへい。まあ、疑っちゃいないから、読まないけどな」
「・・・でも。
どうして作製者を知るひつようがあったのか、わからない」
「あん?」
「『9分間』と、どういう関係があったかは、しらない。
けど、それはもう、むかしに決着がついてるはず」
「何だよ、決着って」
「だって・・・わたしは『宿題』がとけたから、気付けたけど。
ゔぁれすとのお姉さんが《三位》に上がったのは、ゆうめいな話。
あれは・・・そういうことじゃ、ないの?」
「───さてなぁ」
「・・・・・・」
「姉貴が何を思ってそうしたのか。
それは、姉貴にしか分かんねぇよ。
姉弟だからって、何でも知ってる訳じゃないぜ?
一々聞きはしない事だってあるさ」
別に、誤魔化したつもりはない。
本当にそうなのだ。
タバコを灰皿に押し付け、また新しいものに火を点ける。
───『あれ』は、凄かったな。
突然、ボロッボロになって帰ってきた、当時の姉貴を思い出す。
殆どの魔力線が切断状態で、虫の息。
左半身が凍りついて、まったく再生が掛からない。
溶かせない。
炎の悪魔、それも超高位である姉貴が、自分の体を暖める事すら出来ないのだ。
なのに、俺やアドリーですら手助けを拒まれ、部屋から追い出された。
そして、普段は姉貴が何をしでかそうと見ぬフリの親父が。
あの日ばかりは血相を変えて、《屋敷から出ていった》。
今考えれば、怪しさこの上ない行動だよなぁ。
結局姉貴は4日寝込み、5日目でやっと起き上がってきたが。
その間に一滴も酒を飲まなかったというのが、生命の危機を物語っている。
流石に俺だって、死にかけてる時にタバコは吸えないだろうよ。
だが、動けるようになってすぐ一瓶空けるのも、どうかと思うけどな。
「・・・ゔぁれすと、これからどうするの」
「とりあえずは、どうもしないさ。
ただ、なぁ。
───高く険しい山の登頂に姉が成功したら、弟はしなくてもいいのかねぇ」
「ばかなことしちゃ、だめ!」
即座に語気を強めて、睨んでくるリーシェン。
お?
何だかんだで、心配してくれてるのか?
「まあ、普通に考えれば。
『こいつ』は、お前のお母様から貰ったのと同じ───《禁断の箱》だな。
中身が何か分かってる故に、開けてはいけない、ってヤツだ」
「おかあさんのほうは、開けてもいい」
「良くねぇよ」
「《毒》はともかく、《くすり》は使うためにある」
「だから、使わねぇって言ってんだよ」
「わたしが、追加してあげてもいい」
「───あ?」
「『宿題』だけじゃ、宝石のぶんに足らないきがする、から。
おかあさんが渡した、悪魔用、エルフ用、人間用。
《それいがいの種族用》を、わたしが作ってあげてもいい」
「──────」
「ゔぁれすと、なやんでる。
これは脈あり、とみた」
「おい、やめろ」
「わたしだって、すごいのが作れる。
めくるめく官能のせかいで、アガりっぱなしなやつ。
それでバンバン、こどもをこしらえて」
「やめろ、馬鹿!」
「ほんとうに、いらない?」
「いらん!」
「ほんとうに?」
あーー。
その、何だ。
あーーーー。
「──────今のところは、いい」
「わかった」
馬鹿野郎!
何が『分かった』のか知らないが、満足げに笑いやがって!
これはな。
アレだ、未来への投資だ。
選択の幅を拡げる為の。
念の為の。
いざという時に、”あって良かった”ってなるかもしれない、そういうやつ。
決してアテにする訳じゃない、非常用手段の。
───だから。
そんな目で俺を見るなよ!!




