407話 禁断の箱 02
「聞いているのですか、リーシェン。
ミンシャオが日本に留学しているようだけど、何故相談しなかったの?
その援助や、学業の成績はどうなっているの?
それに───」
ふと、『お母様のお小言』が止まり。
愛らしくも厳しい表情が、一段と引き締められた。
「───タバコの匂い」
「あ、いや、これは失礼!」
「いいえ、ヴァレストさんではなくて。娘のほうです」
咄嗟に反応した俺に、柔らかく微笑んで。
それが横を向いた時には、もう。
リーシェンは立ち上がって逃げ出そうとしていた。
間に合わず、腕を掴まれてしまったが。
「座りなさい」
「・・・・・・」
「あなた、まだ吸っているのね?
地上へ出る時、タバコはやめるって約束した筈でしょう?」
「これは・・・ときどき、一本だけ」
ゴスッッ!!
『隕石落とし』も、かくや。
拳骨が頭部に炸裂し、青褪めるような音が響き渡った。
「言い訳しない」
「あ"い"ッッ!!」
「時々だの、本数がだの。それは心の緩みです。
《蜘蛛》として、あってはならない『隙』です」
「・・・・・・」
「タバコだけの問題ではありませんよ?
そんな心構えでどうやって、群がるロリコン共に対抗するのです?
万が一、彼等に遅れなど取れば、一族の名誉に傷が付くのですよ?」
「・・・・・・」
「可愛らしく、純粋で、にこやかに。
そして。
ついつい助力し、全財産を投げ出したくなるよう、『擬態』しなさい。
せめてそれくらいは完璧でないと、親として心配でたまりません」
「・・・そんなこと、ゆうけど。
おかあさんだって結局、おとうさんと」
ゴスッッ!!
「口ごたえは許しません」
「あ"い"ッッ!!」
涙目になりながら、それでも背を伸ばして叫ぶリーシェン。
何だ、その奇怪な声は?
昔見た映画で、古参にシゴかれる新兵達が上げていたような───
いや、そもそも。
『群がるロリコン共』っていう、パワーワード。
そこからして、おかしい。
悪魔にせよ人間にせよ、そういう連中は一部のみ。
少数派だろ?
少数派だよな?
一体、どんな状況を想定してんだ?
奈落の蜘蛛って、どういう教育方針なんだよ?
ここは、悪魔専用のカフェ。
俺やマギルも、ちょくちょく利用してる店だ。
人間には聞かせられないような会話が飛び交う、そんな場所なのだが。
主人や男性給仕が、そわそわしている。
そりゃあ、な。
背格好が似通った親子だ。
違うのはまあ、髪の色くらいで。
どっちもギリギリ『幼女』を卒業したばかり、という感じの。
そんな少女[母]が、少女[娘]に『教育的指導』。
それも、かなりキツイやつ。
愛があろうがなかろうが、傍目には良くない。
非常によろしくない。
俺としても、その。
いくら相手がリーシェンでも、地殻に衝撃が走るような行為は勘弁願いたい。
「あーー、まあまあ、ファーシェンさん。それくらいで」
「・・・いたい。
これいじょうは、かわりにバレストを殴って」
ゴスッッ!!
「お黙りなさい」
「あ"い"ッッ!!」
───馬鹿か、お前。
ああ、馬鹿だったよな、確か。
それと、俺は『ヴァレスト』だ。
いい加減に憶えろっての。




