404話 需要あり〼 02
「──────」
《物語》の世界からやって来た《悪魔》の目が、すうっ、と細まった。
視界に入れた『それ』が、あまりにも想像と違いすぎて。
『驚愕』を一息で飛び越え、瞬時に『怒り』まで到達したからだ。
そう。
キャンバスに描かれていたのは。
無邪気に笑う花屋の悪魔の隣で、椅子に座っているのは。
白くて、とても大きな───
「どうして───私が、猫なのかしら」
静かだが、地響きさえ聞こえてくるような低い声。
返されたのは、それをものともせぬ嘲り。
「はあ??お前は、いつから猫になった?
何をどうすれば、これが『猫』に見えるんじゃ?」
「──────」
どこからともなく取り出された、眼鏡。
細く鮮やかな、赤いフレームのそれを掛けながら。
《悪魔》はドレスが触れぬよう慎重に身を乗り出し、カンバスへ顔を近づける。
「まあ、頭の弱いエセ悪魔は放っておくとして。
この絵の題名は、どうしたものかのう。
ううむ。
──────《花を愛する悪魔と、性根の曲がったメインクーン》か?」
「やっぱり、猫じゃないの!!」
「ええい、五月蝿いやつめ!
絵画というものは、写真などと性質が異なる。
イメージを形にする芸術性が理解出来んのか、馬鹿たれが」
「イメージで勝手に猫にされたら、たまらないわよ!」
「お前の事情など知ったことか」
「種族が違ったらもう、《捏造》でしょう!?
よくもこんなので《絵描き》なんて名乗れるわね!!」
「物を知らぬ奴に何を言わようが、一向に堪えんのう」
「へえ───そう。
《芸術》、《絵画》。
足元に無かった筈のマーガレットの鉢があるのも、イメージなのね」
「そうとも」
「背景を埋め尽くす、宙に浮かんでいるとしか思えない薔薇も。
描き手のイメージというわけね」
「当然よの」
「成る程、よーーく分かったわ。
私の隣に座っている『レンダリアさん』の。
その胸部が些か、不自然に豊かでいらっしゃる理由もね」
「!!」
「!!」
「随分と都合の良い、我儘なイメージだこと。
そこに《芸術》と付け足せば、何でもまかり通るのね。
ああ、なんて素敵な絵でしょう。
人間性が透けて見えるようだわ」
「なっ、ななな何を言うか、お前ッ!!
これは、その、これはッ!!」
「待って、お爺ちゃん!」
花屋の悪魔が、鋭く声を上げた。
右手を突き出し、老人がその先を言わぬよう。
しっかりと視線で念を押して。
それからゆっくり、《妹》のほうへ顔を向ける。
「レンちゃん、とにかく抑えて」
「抑えているわよ、これ以上無理なくらい。
きっと、それでも私は強過ぎるんでしょうけど」
「や、『力』だけじゃなくって。
心のほうも落ち着けようよ。ね?
深呼吸、深呼吸!」
「どちらかと言えば、貴女のほうに必要なんじゃないかしら」
「あのね───レンちゃん。
同性だから、その。
色々と気持ちを分かってくれると思う。
思うからこそ、言うんだけどね」
「何」
「私ね───まあ、大体、おおよそ『あれくらいは』あるし」
「ないわよ」
「いやいやいや、待って。
落ち着いて、ホントに。
服が───多分、今着てる服でそう見えてしまうだけで」
ぱたぱた。
ラベンダー色のエプロンの胸元が、横から空気を入れるように動かされたが。
「ない!!」
「ひいっ!!」
一刀両断。
がくりと崩れ落ちた。




