403話 需要あり〼 01
【需要あり〼】
「───こういうのは、別々にやるべきだと思うわ」
身体は動かさないものの、頬を歪ませ。
不機嫌な声で《悪魔》は言った。
「本来なら、信奉者の中から素養のある者を選び、任せるところよ。
そうでなければ、出来栄えに期待する気にもなれないわ」
「いやいや、そんな事言わないでさー。
せっかくだし、揃って描いてもらおうよー。
記念だよ、記念!」
「何の記念よ」
「それは勿論、『姉妹』が出会った記念だよー!
私さ、ずっとレンちゃんみたいな妹が欲しかったんだー!」
「『レンちゃん』は止めて頂戴」
「えーー」
「それに。妹と言うなら、そっちのほうでしょう。
私は年上よ。
貴女が生まれるよりずっと前、太古の昔から存在し」
「うんうん!そういう『設定』だよね!」
「『設定』って───まあ───そうだけれど」
《悪魔》は納得のいかぬ表情のまま、小さく息を吐いた。
隣の椅子に座っている悪魔は、自分と瓜二つ。
『鏡映し』とはまさに、この事だ。
こうして並んでいれば、誰が見たって双子だと思うだろう。
その上。
何の因果か、名前も同じときている。
自慢の髪まで真似され、ちょっと苛つくほどだ。
内面以外で明確に異なるのは、口調と服装くらいだろうか。
「レンちゃんはさ、しばらくここで暮らすんでしょ?」
「ん───そのつもりよ、一応」
「だったら、仲良くしようよー!
姉妹としてさー!」
「────」
何が、『だったら』なのか。
似ているからと、姉妹ごっこをする必要がどこにある。
そもそも、こんなのがいるなんて聞いていない。
アニーにも、あのマギルとかいう奴にも。
呆れるくらい弱くて能天気なこの女は、とても無礼だ。
勝手に《妹》にされた挙げ句、馬鹿みたいな愛称で呼ばれるとか。
真っ二つにして蹴飛ばしてやりたいくらいだ。
とはいえ。
実際にそうしないのは、ひとえに自分と同じ顔をしているからであり。
加えて、これ以上の実害は無さそうだからに他ならない。
こいつは、まだいい。
まだまだ、まともなほうなのだ。
「あ、そうそう!
レンちゃん、好きな食べ物とかある?」
「人間」
「またまたー!それは『設定』のほうだよね?」
「───モリーユ茸のクレームドヴォライユ」
「うん。良く分かんないから、もすこし難易度下げて!」
「──────ズッキーニの、平目挟み焼き」
「よーーし!じゃあ夕食は、それにするよー!
初めてだけど、何とかなりそうな予感がするし!
勿論、お爺ちゃんの分も作るからねー!」
「おお!喜んで、ご相伴に預かりましょうぞ!」
「──────」
イーゼルに架けたカンバスの向こう側、癇に障る男の声。
これだ。
この爺ぃこそが、大問題なのだ。
「私は嫌よ。
こんな奴と同席するなんて、御免被るわ」
「なぁに、儂は構わんぞ?
テーブルの上に傷んだワインがあろうと、口を付けねば良いだけの話じゃて」
「はいはい!喧嘩は駄目ー!
みんな仲良く!笑顔で、家族のように!」
「──────」
同じ名前の女はともかく。
こいつと仲良くなど、出来るわけがない。
見た瞬間、分かった。
欠点を箇条書きにする気力さえ湧かない。
全部アウトだ。
全てだ。
とにかく徹頭徹尾、丸ごと不合格だ。
ティータイムを共に過ごせるような相手ではない。
まったくもって信用出来ない。
当然ながら、恋仲だのパートナーだのは、論外中の論外。
初対面でいきなり、偽者呼ばわりされたのだ。
良い印象など、持てるほうがおかしい。
産みの親を悪く言うのは心が痛むが。
こんなのに惚れるとか、アニーは本当に男を見る目が無い。
ヴァレストのほうがよっぽど、可愛らしくて素直だろう。
あれは、かなりいい。
好みだ。
苛め甲斐だって、たっぷりとあるのに。
それを2回も袖にするなど、なんて勿体無い事を。
この爺ぃを惚れさせるのが、《映像版のほうの私》の役目で良かった。
本当に助かった。
こんな弄れた奴に、媚など売っていられるか!
マンチェスター大聖堂の尖塔から全裸で吊るされたほうが、まだマシ!
最低の爺ぃだ。
これ以上ないほど大失敗した漬物が、手付かずのまま古くなったような男だ。
頼まれたって、食べたくない。
同じ空間にいて呼吸をするのも、お断りだ。
「レンちゃん、その。
多分だけど、心の声・・・出ちゃってるよ・・・」
「あら、ごめんなさいね。私は、とても素直だから」
「はんっ!お前が素直なら、お天道様がいじけて西から昇るわい!」
「黙れ。ハゲワシも突付かない、汚物の塊が」
「はいはい!ブレーク、ブレーク!」
両手を水平に開く動作を繰り返す、自称《姉》。
ああ、この腐れ爺ぃ。
灰も残さず焼き尽くしてやりたい。
───けれど、それは容易な事ではない。
こいつの周囲、幾重にも展開された術式。
それ自体は『こちら側』の悪魔や天使に対抗するもので、私には無意味。
バターより容易く貫き通すことが可能だけれど。
そこから先に、未知の障壁がある。
得体の知れぬ《圧倒的な存在》に施されたような、不可思議な『壁』が。
まあ、全く通らない、というわけでもない。
自分の『力』とてある意味、《理の外》であるが故に。
ただ、完全に破壊するとなれば、《贄》を喰らった上で全力を出し切るか。
いや。
”念の為に”とアニーがくっ付けてくれた、『XXXXXX』を使うべきか。
その場合は、ヴァレストに嫌われるだろうけれど。
「───さて、出来上がりましたぞ」
「わあ!どんな絵になったんだろう?
レンちゃん、見てみようよ!」
「──────」
「まだ乾いておりませんのでな。
お手など汚されぬよう、気を付けて」
嫌らしい紳士口調で注意を促しながら。
ちらりと、男の視線が私を捉える。
嘲笑っていた。
───ふふん。
”この絵の価値に、ひれ伏せ”、と。
そう言いたい訳ね。
自信満々だこと!
《絵描き》なのだから、技量があるのは当たり前。
きっちりと厳しく批評してやるわ、爺ぃ。
根無し草で旅から旅、と言えば聞こえは良いが。
それは正当な評価に耐えられない者が逃げ出す時の、うってつけの口実だ。
忌憚なく、たっぷりと真実をくれてやる。
お前なんか、色々理由をつけて誤魔化して、最後は怒ったふりをして。
またこっそりと何処かへ逃げてしまえばいいのよ。
花屋のレンダリアに少し遅れ。
《悪魔レンダリア》は立ち上がった。
《絵描き》が描いた、仕上がったばかりの肖像画を。
さあ、どんなきらびやかで痛烈な言葉をもって切り刻もうかと。
冷ややかな笑みを浮かべ、カンバスの表側に廻って───




