401話 これからも、同じで 01
【これからも、同じで】
ぐるり、と方向転換し、ブレーキをしっかりと踏み。
右手で擦り傷だらけのダッシュボードを開ける。
・・・うん。
分かっちゃいたが、中身は酷い有様だ。
無造作に叩き込まれた紙束は何だったか憶えが無いし、捨てない理由も不明。
だが、どうでもいい。
これをきちんと整理しようが、しまいが、特段困る事はない。
命に関わらない。
それに、今必要なのは紙束のどれかじゃあなく、全く別の物だ。
一番上にあるのだが一番奥まで転がっている、ピカピカの白いリモコン。
そいつを指で手繰り寄せ、掴み上げる。
「ええと・・・これだっけ?」
運転席に座ったまま振り返らず。
肩越しに背後へリモコンを向け、それらしきボタンを押すと。
バックミラーに映っているガレージのシャッターが、ゆっくりと上昇し始めた。
自動的に内部の照明も点いたのを見て、思わず頬が緩む。
「いやぁ、つくづく便利なモンだねぇ。
わざわざ外に出てガラガラやんなくったって、ピッ、とやりゃ一発かぁ」
そのまま後退で、息切れのような音を立てる車をガレージに入れてゆく。
『真っ直ぐに』だとか、そんな事は考えなくてもいい。
同じタイプの車両があと2台、余裕で停められるだけの広さだ。
よそ見してたって、どこにもぶつける心配が無い。
エンジンを切り、Old Rockなナンバーを口ずさみながら車を降りた。
ガレージ内の空気は結構冷えているが、構わない。
少し前まで熱気に晒されていたのだから、むしろ心地良いくらいだ。
「くっ・・・ああぁーーーー」
欠伸混じりに両腕を上げ、体を伸ばす。
痛ぇな。
肩も、背中も、腰も。
どこもかしこも、重い痛みがある。
オレも歳かねぇ。
5年くらい前から、そう思いつつ誤魔化してきたけどさ。
視界の端で光の点がチカチカして、思わず目を擦り。
疲れも相まって、置いてある椅子に腰掛けた。
こいつもガレージと同じく、新品だ。
背もたれがあって、座り心地抜群。
デザインこそ無骨だが、普通にリビングで使ったっていいくらいの品だ。
年々、体はきつくなっちゃあいるけど。
これまでで一番いい状況なんだろうなぁ、現在の暮らしは。
ずっと昔の事。
10年前くらいの事。
そして、最近の出来事を思い出していた時。
かつん、と誰かの靴音が聞こえた。
「───よう。調子はどうだ?」
営業が終わる直前か、終わった後。
ニヤけ笑いで近付きそんな台詞を言う奴は、もれなく《招かれざる客》だ。
連中の目的は金で、ついでに売り物も5人前くらい無料で持ってゆく。
他人から巻き上げて生きてるくせに態度がデカい、最低のクズ野郎達だ。
・・・けれど、心配は要らない。
ガレージの入り口に立っている、あの男は。
《そういうの》と同じ格好をしちゃあいるが、まったくの別物だ。
むしろ、お人好しが過ぎて大丈夫なのか、ってくらいの変わり者なのだ。
「思ったより稼ぎになってるぜ、旦那。
ああ、せっかくだし食っていくかい?
何だっていいぞ。
『牛挽肉の煮込み』でも、『鶏のトマト煮』でも」
「いや、いいさ。もう火は落としてるんだろ?
腹が減りゃ、バーガーショップでも行くから気にしないでくれ」
「おいおい、旦那!なんて事を言うんだ!
バーガーってヤツはよぉ、タコスにとっちゃ永遠のライバルなんだぜ?」
「初めて聞くんだが、そんなの。俺だって普通に、タコスも好きだぞ?
ただ、テリヤキチキンバーガーだけは勘弁してやってくれよ」
「だったらさ。
今度機会があったら、その『テリヤキチキン』ってのを持って来てくれ。
熱々のトルティーヤに載せて、バーガーと比べてみりゃいいんだ」
「むむ・・・それもそうだな・・・新たな発見があるかもしれん」
へへっ。
この歳までタコス屋で生きてきたんだ。
そう簡単にゃ、引き下がれないってのよ。
メキシカンの意地だぜ。
そういう『設定』だしな!




