400話 学習帳 1ページ目 03
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「さて、諸君。これは最初にも言った事なのだが」
パン!
「暴力はいかん。特に、その銃とやらは」
パン!パン!パン!
「容易で威力があるからこそ、引き金を引くべき時を良く考え」
パパン!ダダダダダン!ダダダダダン!
「ふむ───やはり駄目か」
拳銃と自動小銃の弾丸を全身に浴び、コートの銃痕を更に増やしながら。
男はまるで急に降り出した雨に嘆くような表情で、天を仰いだ。
「仕方無い───多少痛いだろうが、堪えてくれ給えよ」
呟き、無造作に右腕を持ち上げ、前へ突き出す。
瞬間。
常人の目には捉えられぬ《力》の奔流が、風となって襲撃者達に吹き付けた。
「よし───それでだな。少し相談があるのだが。
諸君、自主的に出頭するつもりはないかね?
確か、あれだ。
自らその罪を認めた者の刑罰は減じられる、という規則があるだろう?」
銃声はぴたり、と収まり。
その代わりに絶叫と狂乱の声が響き渡る、昼下がりの山中。
”ご主人!!”
「なんだね。今、丁度」
言い掛けた言葉が途切れたのは。
遅れて小屋から出て来たものが、凄まじい怒りの形相をしていたせいか。
”一体、何をやっているんだ!?
『脱臼』どころではなく、『落ちて』いるじゃないか!
腕そのものが!!”
「うん?
ああ───まあ、多少加減を間違えてしまったが。
そう怒るな、ラッチー。
失敗した事だけでなく、上手くいった事にも目を向けてほしい。
ほら、向こうを見てくれ。
瓶に火を付けて投げようとした奴も、これで阻止出来ただろう?」
”そんな事を言ってる場合じゃない!
あと2分も保たずに、彼等は死んでしまうぞ!”
「いや、いくらなんでも、そんな訳はなかろう」
”十分にあるのだよ、それが!
人間というものは、ご主人が思っているほど頑丈ではない!
このままだと多量出血によるショックで、一人残らず息絶える!”
「───何と。それはいかんな」
さほど慌てた様子でもなく、男はもう一度腕を上げた。
「ならば、これで───こう───よし、繋ぎ合わせた。
全て元通りだ。
《造血》も施しておいたから、一安心だろう。
本当にすまなかったな、山賊の諸君。
心よりお詫び申し上げる。
それでは、改めて───今度は慎重に、肩を外すとしよう」
僅かな間、途絶えていた苦痛の叫びが。
今度は恐怖の悲鳴として、冬山の乾いた空気を切り裂く。
「むむ?───待ち給え、諸君」
待てと言われて待つ者は、一人とておらず。
泣き喚きながら走る背中は、すぐに遠ざかり。
辺りには各種の銃火器と、使用されぬままの火炎瓶がそのまま残された。
赤黒く濡れ光った、地面の上に。
「参ったな。どうしたものだろう、これは。
───いや。
こんな時こそ、然るべきところに通報する、だな」
”・・・ようやく分かってもらえたか”
特務隊員として名簿には載らない、秘密の相棒。
《死せるネズミ》ラッチーは、渾身の力を振り絞って溜息を堪えた。
せっかく、ご主人が理解してくれたのだ。
ここで水を差すような真似をするのは、得策ではない。
「今回の件、大いに学ぶものがあったよ。
『人間として』覚えなければならない事柄が、まだまだ沢山あるようだな」
”・・・ああ。その通りだ”
失敗を糧に、前へ進む。
教訓を得て、次に活かす。
そのつもりがあるのなら、これ以上は言うまい。
黙っていよう。
逃げていった山賊達の何名かは、左右の腕が逆に付いていた事も。
ただ、自分達にとっての輝かしい未来は、遥かに遠いようだ。
これから先、このご主人は何度、盛大な失敗をやらかすのか。
人間ではない自分や《同志ベリーリ》でも、ストレスで胃に穴は空くのか。
考えたくない。
考えてしまうと、恐ろしい。
(・・・とりあえず、一旦は忘れよう。
そして、しばらくの間、新聞とTVは絶対に見ないことにしよう)
白ネズミの尾が、みるみる内に力を失い。
ぱたり、と寂しく大地に落とされた。




