399話 学習帳 1ページ目 02
「私の記憶が正しければ。
愚かにも衝動的に、彼等の一人が発砲し。
それが当たったにも関わらず私が倒れなかったので、驚愕した」
”そうだったな”
「そして全員に撃たれて。
それでも倒れないので、酷く動揺、いや、恐慌状態となった」
”ああ”
「最初、彼等は相当に腰が引けて、泣かんばかりだった筈なのだが。
いつの間にやら、果敢に挑んできて銃を乱射するようになり。
気付けば私は、追われる立場となっていた。
───何故、彼等は。
いかなる手段を用いて、『元気を取り戻した』のだろうか」
”・・・ご主人、それは簡単な事だぞ”
「簡単なのかね」
”そうとも。何も難しくはない”
後ろ脚で立っていたネズミが、床に座りながら言う。
”確かに、銃弾を受けても倒れない、そんな存在は《化物》と呼ばれる。
しかし、倒れないだけで何もしてこないのなら、ただの《案山子》だ”
「『死せる賢者』である私が、《案山子》かね」
”動いてくれる、楽しい的だよ。
現代においては、不死生物である動死体がとても有名だ。
それを題材とした映画やゲームも、沢山ある。
一旦は恐怖に陥れど、慣れてしまえば何ということもないのだろう。
娯楽作品が、いざという時の対策教材になるわけだ”
「君は、そういった方面にも詳しいようだな」
”信仰者は、『信仰者でない者達』がどう考え、行動するかを知らねばなるまい。
単に『相反する立場』という認識では、どこまで行っても交錯しないままだ。
そして、もう一つ重要なのが。
『信仰以外を知らぬ信仰者』ほど危ういものはない、という事なのだよ”
「ふうむ。
もしかしてそれは、私に言っているのかね」
”今のところ、ご主人の他に言うべき相手と出会ったことはないぞ”
「成る程。勉強になる」
”・・・・・・”
「ああ、それにしても残念だ。
せっかく《同志ベリーリ》が提供してくれた資金で購入したのに。
一月も保たず、この有様とは」
おびただしい数の穴が空いたトレンチコートを撫でる、骨張った指。
”気にかけるべきは、帰還した後の彼の心労だと思うのだが”
そう返した白ネズミがもう一度壁に寄り、隙間から向こうを覗く。
”・・・ご主人、奴等が来たぞ”
「うむ」
”どうやら、この小屋に火を放つ算段をしているようだ”
「ほほう!そうくるか!」
何故か嬉し気な、上ずった声。
「《焼き討ち》に関しては我等2名、経験者だぞ」
”正確に言うなら、『される側』のな。
少しも自慢にはならぬ種の経験だ”
「別に、小屋が燃えようと痛くも痒くもないのだが。
ただ、こんな乾燥した季節に火を使えば、山火事となる恐れがある。
それは、いかんだろう。
地球環境に優しくないな」
”まあ、とりあえずは同感だ”
「しかも───矛盾している」
”・・・矛盾?”
「そうとも。
山を生息地とする山賊が、自らそれを焼いてどうするのだ。
明らかに、生き物として誤った行動ではないかね」
”環境に配慮し後先を気にするような連中なら、山賊になっていないだろう”
「つまりだ。山賊というものは、あまり賢くない、と。
そういう事かね、ラッチー」
”ローマ時代の彼等を思い出してみたまえ。
私は当時を知らないが”
「ううむ──────そういえば」
”そういえば?”
「あの頃も、まともに会話が成立しなかったな!」
”・・・・・・”
「とすると、これ以上の説得は無意味か。
こういう迷惑な奴等に撃たせ続けて、銃の扱いに慣れさせるのは良くない。
甚だ不本意ではあるが、何某かの対抗措置が必要だろう」
灰色の中折れ帽を被り直す男の両眼が、ぼう、と赤く輝いた。
「暴力に暴力で返すような真似は、したくないのだがね。
だが《案山子》と思われぬよう───そうだな、肩でも脱臼させるか?」
”ああ。それくらいが適当だろうな”
「───よし。
それでは、覚悟を決めてここから出るとしよう、ラッチー。
最後にもう一度だけ、カトリック信仰者として話をしてはみるが」




