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397話 そして、必然 04



「はあーーー!!30年分くらい、一気に疲れた!!」



ソファに座り直し、盛大に息を()く。


TV画面には、とっくに別の番組が映っているが。

床のリモコンを拾い上げ、電源を落とす気力も無い。


ブッ壊した可能性、高いしな。

とっさに加減はしたつもりだったんだが。



「───ボス。力を(おさ)えたほうが」


「すまん、悪かったよ。後でちゃんと直す。

あんまりにも驚いたんで、つい」


「いえ、そうではなく。『元に戻った力』を」


「・・・あ!」



確かに、このままじゃ駄目だな。


そしらぬ顔で通りを歩いて、現在(いま)の力を知られる訳にはいかない。

”なんか戻っちまったよ、ははは!”で済む問題ではないのだ。



不肖、この俺。

《2回も降格処分を受けた黒竜》は、嬉しくない意味で有名である。

面と向かって言う奴はいないが、向かわない所では結構、笑われている。


”そんな馬鹿な事をしてたら、ヴァレストになりますよ!”。


なーんて何処かの母親が我が子を(たしな)めていても、不思議ではないくらいだ。

いやはや、泣けてくる。



まあ、とにかくだ。

そんなこんなで、俺はこれからも皆様の変わらぬ期待に沿わねばならない。


力を無くしたふり。

弱くなっても気にしていないふり。


評議会(メナール)に密告されるとか、御免こうむるよ。

誰かを疑うのもな。



「・・・マギル、ちょっと『魔力線(かいろ)』を見てくれ」



本来は体内にあるそれを表面に持って来て、そこそこな程度に(まわ)してみる。



「出力は、これくらいの偽装でいいか?」


「───高過ぎます。その半分で」


「いや、それだと俺、弱すぎるだろ」


「今更、何を言ってるんです」


「・・・」



冷ややかな台詞に首をすくめ。

渋々『そこから5割引き』した辺りで、仮の限界点(リミット)を仕込む。



「なあ、本当にこれで大丈夫なのか?若干、心許(こころもと)ないんだが」


「ええ、大丈夫です。ぴったり丁度、心許ない感じです」


「何か、こう・・・落ち着かないな。

現在(いま)の俺からすりゃ、ネクタイ締めずに外へ出ちまったような不安感が」


「成る程。

最大限に気取れば、そういう言い回しになる、と。

笑いを(こら)えながら、コーヒーを淹れてきますね」



応接室を出てゆく後ろ姿を見送って。


それから。

例え話とは裏腹、首元のネクタイを思い切り(ゆる)めた。



俺はともかく、マギルのやつまで普段より饒舌だ。


そりゃあ、きっついプレッシャーだったからな。

ドラマの中、女優の演技も凄かったが、そこから出て来た《本物》は格別だ。


レンダリア様は本当に、レンダリア様だったよ。


デタラメに凄ぇよ。



割れた電子基盤とプラスッチクの破片を、くっ付けて。

ついでに床の凹みも修復。


そして、考える。



今夜の一件、とても口外出来ぬ内容ではあるのだが。

『以前の力』を取り戻した事だけは、姉貴に伝えておかなければならない。


後々、俺以外を経由して発覚した場合、確実に殴られるからな。



勿論、『誰がどうやったのか』の部分は、完璧に伏せないと危険だ。

ヘタに《レンダリア様》に興味を持たれたら、勝負を挑むにきまってる。

大戦争の始まりだ。

おそらく、『巨大怪獣が激突する映画』みたいな有り様になるだろう。


生きとし生ける者達に、大迷惑だ。


そりゃあ俺だって、どっちが強いのかという興味が無いと言えば、嘘になる。

けれど、この世に冗談が一切通じない相手がいることも知っている。


初等学校に通っていた頃。

悪口っぽい言葉の前に『いい意味で』と付ける遊びが流行りまくった。

どこまでやったら相手がキレるかという、いわゆるチキンレースだ。


それをあろうことか、家に帰って実践してみた(バカ)がいる。



・・・初手で意識が途切れた。

残念ながら、『悪い意味で』だ。



まあ、それはともかく。

出来れば今回の話自体を、姉貴としたくないんだよなぁ。


元々、俺の『降格』絡みに関して姉貴は、大層御立腹なのだ。

いや、正確に言うなら、『名前を削られた事』にか。



”出頭するのが恐いから連いて来てくれ、って言うなら、暴れてやった”

”納得いかないから暴れてくれ、って言うなら、大暴れしてやったのに”


”でも、あんたがそれを受け入れる、って言うなら”

”いいよ。あたしも、そういうふうにしてあげる”



ウイスキーグラス片手。

本当に炎を背負って睨み付けられた日の事を、忘れちゃあいない。


それから姉貴は、俺の事を《ヴァレスト》として扱った。

学生時代の同級や、恩師達。

古くからの知り合いが皆、構わず《アルヴァレスト》《アル》と繰り返す中で。

からかうでも嫌味でもなく、ただ《ヴァレスト》と呼び続けた。


そうやって今日まで、年月が流れてきた。



・・・・これからは、姉貴に何て呼ばれるんだろうか。


ああ、違うな。


どう呼ばれたいのかを、きちんと俺が決めてから言わないと。

真面目に説教されちまうよな。


それも、《人類最強》マサオミさんとタッグを組んだ状態で。



「そういえばマギル。

さっきレンダリア様から、何を頂いたんだ?」


「ええ───『これ』なのですが」



向かいに腰掛けたマギルが手にしているのは。



「・・・犬?」


「いえ、パンダですね」



そうだな、うん。

犬じゃない、パンダだ。


パンダの顔を(かた)どった、ミニポーチ?


それにしても、やけに『ぐったりした』デザインだな。

こいつ、目が死んでるぞ。


二日酔いか?



「開けてみますね───ああ、中身は」


「おう」


「絆創膏が2枚と、キャンディーが3つです」


「ふうむ」


「この絆創膏、人間に貼った場合───死にますね」


「いや、なんでだよ。絆創膏だろ?

普通に傷口とか保護しろよ」


「勿論、傷口は保護しますが。その後に、死にますね」


「・・・・・・」


「──────」


「じゃあ、そっちのポップな包み紙のほうは?」


「こちらのキャンディーですが。

人間が口に含んだ場合───死にますね」


「だから、なんでだよ」


一舐(ひとな)めで、約40兆キロカロリーですので。

糖代謝が間に合わず、死にますね」


「・・・なんつーモン、くださりやがるんだ、まったく」


「これらは一生の宝物ですので、大切に保管しておきます。

ボスにはあげませんよ?」


「いらねぇっての」


「──────」


「・・・・・・」


「ところで、一つ質問があるのですが」


「何だ」


「アニー・メリクセンとは一体、何があったんです?」


「・・・それ、言わなきゃならねぇか?」


「ええ。今まさに、言うべき雰囲気ですが」


「・・・・・・」


「──────」


「・・・・・・・・・・・・昔、フラれた」




はーーーー。


かなり強めの風に似た、溜息が聞こえてきて。

持ち上げていたコーヒーカップの湯気が、盛大に俺の顔面を襲った。



ほらな。


絶対、こうなると思ったよ。



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