395話 そして、必然 02
「レ・・・レンダリア・・・」
乾き切った喉奥から、ようやく絞り出した声。
見た瞬間、理解した。
駄目だ。
こんなのは、どうにもならない。
俺とリーシェン。
いや、ミュンヘン中の悪魔全員で掛かっても、勝てやしない。
遊び半分で皆、薙ぎ倒される。
完全に、『うちの姉貴』級だ。
立ち尽くす俺の斜め後ろで、マギルが跪く気配。
そうするのも、当然だ。
速やかに恭順を示さなければ。
ほんの少し機嫌を損ねただけで、殺されるからだ。
俺も───
同じ姿勢をとる事を決断した時。
《悪魔レンダリア》が言った。
「ああ、そのままでいいわ、ヴァレスト。
お前はずっと、アニーに優しくしてくれたから。
対等に口を利く事も、特別に許してあげる」
「・・・・・・」
応接室の入り口から、二歩進んだ位置。
翡翠色の瞳が嬉しそうに、そして得意気に輝いていた。
「・・・唱えた者達を・・・食ったのか?」
「いいえ。『向こう側』から肉体を食べるなんて出来ない。
捧げてもらったのは、私を喚ぶ感情、想念よ」
「・・・・・・」
じゃあ、これは。
新しく生まれた、伝来の妖族の《悪魔レンダリア》なのか。
「《物語》は、夢の井戸の底に溜まった澱のようなもの。
それらの殆どは生涯、いえ、永遠に暗闇を抱いて眠る運命。
誰かに読まれ、描かれ、演じられて、ふわりと浮き上がることもあるけど。
どのみち『水面』より上には辿り着けない。
やがてはまた、底へと落ちてゆく。
井戸を覗き込んでいる者もまた、同じこと。
命を投げ出し飛び込んでさえ、その残骸は油のように『水面』を漂うだけ。
《誰かの見る夢》と、《誰か》が直接触れ合うことはできない。
だからこそ、世界は安定した形状を保てる」
「・・・・・・」
「自分だけの夢想を、現実の世界へと引き上げる事。
こんな奇跡は、アニー・メリクセン以外に起こせないわ。
10年前では駄目。
5年前でも駄目よ。
今日この日、今の彼女にしか、これは成し遂げられない」
「アニーは最初から、この事態を狙って脚本を書いたのか?」
「まさか。彼女は神ならぬ人の子よ?
ただの偶然ね」
「いや、偶然って、そんな」
「ただし、『こうなってしまう』のは必然だった。
演じた役者と監督が持つ熱情も、瞬間的に後押しした。
《エールケン・ベリ》は、アニーの作った言葉よ。
幼い頃から今まで、500万回以上唱えてきた、救いの呪文」
「・・・救いの・・・」
「ああ、そんな顔しないでくれる?
悲しみや不幸なんて、どこにでもあるじゃない?
他者に責任を問うつもりは無いし、誰かが誰かを救えるなど、思い上がりだわ。
けれど。
そんなお前だから顔を見たくて、真っ先にここへ訪れたのよ」
《悪魔レンダリア》が、傲慢な笑みを浮かべたまま近付いてきた。
え?
な、何だ!?
「ふふ」
しっとりと、柔らかく抱擁された。
それなのに。
ぎしり、と背骨と肋骨が軋んだ。
「あら───なぁに、これ?
鎖が2本───《強制》?」
俺を抱き締め・・・絞りながら、怪訝そうに見上げる顔。
「こんなものを巻いていたら、弱いお前が余計に弱くなるじゃない。
外してあげるわ。
私に『こちら側』の魔法なんて、効きはしないし」
「・・・え?」
「───ほら。これで少しは、動き易くなったでしょう?」
「・・・ええっ!?」
ちょっ、ちょっと待て!!
俺の《力》が、元に戻ってるぞ!?
2度降格する前の!!
『八位』だった頃と、ほぼ同じに!!
「どうしたの?お礼は言わないのかしら?」
「・・・あっ・・・ああ、そのっ・・・有難う・・・」
「どういたしまして。
精々、調子に乗って女を口説き回るといいわ」
素晴らしく悪魔らしい微笑みと、突き刺さる一言を置き。
ゆっくりと白いドレスが離れてゆく。
おいおい。
ヤッバいぞ、これ。
削られてた名前ごと、一切合切が一瞬で戻ってきやがった。
評議会の『正式承認』無しに。
いやいや、マジで駄目だろ!!
バレたら俺、速攻で処刑台送りだぞ!?




