390話 笑う仮病者、笑わぬ仮病者 02
「すんません、遅くなりました!」
「いやいや、御苦労さん」
転移陣から出て来たジルモークに、声を掛ける。
「悪いな、俺の代わりに行ってもらって」
「大丈夫すよ!気分転換にもなりましたし!」
「今から休憩を取ろうかと思ってたんだが。
お前はどうする?」
「あ、じゃあオレも!」
席を立ち、ぐいと背の筋を伸ばしてから両肩を回した。
元気一杯に答えたジルモークと一緒に廊下へ出て、休憩室のドアを開ける。
奥の自販機で缶コーヒーを奢ってやって、俺は自前のグリーン・ティーだ。
極端に苦味が駄目な奴に、無理矢理薦めることはしない。
健康には良いんだけどな、これ。
「いやぁ、開館前からすでに外で並んでましたよ。
まともな時間に行ってたら、午後まで掛かりますね、アレ」
「そして午後から並んだら、散々待たされた挙げ句に終業時間を迎えるぞ」
「え?その場合は、どうなるんです?」
「窓口がクローズして、”また明日来てください”だ」
「うへぇ」
ジルモークは顔を歪め、ぐびり、と音を立ててコーヒーを飲み下す。
「でも、何だってわざわざ並ばせるんですかね、評議会も。
イマドキ、人間だって電子書式で遣り取りしてんのに。
《控除申請》の手続きだけは郵送すら受け付けず、持参しろなんて」
「───ああ。それには2つ、理由があってだな」
「理由??」
「まず1つは、《控除申請》させない為。
連中からすれば、申請されなきゃその分、得になるからな。
並ぶなんて面倒だ、うんざりだ、もういいや、と諦めさせたら勝ちだ」
「ちょ、それは」
「そして、もう1つが。
単純に純粋に、『嫌がらせ』だ。
”お前らとお役所様、どっちが偉いか思い知れ”。
”体に分からせてやる”、って事だな」
「腐ってますね、評議会!」
「おう。腐りきってるぞ、実際。
しかも俺なんて、大揉めに揉めて辞めた『元職員』だろ?
だから、俺が書式を持って行った場合」
「あー」
「頼んでもいないのに、『嫌がらせ定食』が特盛で来るんだよ。
朝イチで並ぼうと、難癖付けられて再提出で、その度にまた並び直して。
そして最終的に時間切れで、”明日来やがれ”だぜ?」
「オレ、片っ端から火災報知器のボタン押して、逃げてくりゃよかったなぁ」
「やめとけ。来館中の一般者に迷惑だ。
まあ、申請さえ通ればもう、こっちのモンだ。
とにかく午前中で終わって良かったよ」
「ええ、暴風圏内に入る前に帰れて助かりました」
「暴風?───おい、またハリケーン来てるのか?」
「そうなんですよ。もう、何号だか憶えてないすけど」
「一体どうなってんだ、この季節に。
地上も『異常気象だ』と騒いでるが、《地獄》のほうも相当だな」
リモコンを操作し、TV画面を点ける。
選択モードは当然、《人間向けではないほう》。
幾つかCHを変えては、気象情報が出ていたら眺め。
それを繰り返している内に、ふとボタンを押す指が止まった。
第11CH───『ELH』こと、『エブリデイ・ライク・ヘル放送』。
良く知ってる奴の顔が、大映しになっていたからだ。




