387話 Good Job 04
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打ち込まれた突きが当たる寸前、手首を返して外側へ弾く。
弧を描いて伸びて来る脚を、持ち上げた肘で受け止める。
───退屈な『遊び』だ。
仕事上、自分の実戦回数は多い。
他の者より良い働きをしているから、尚のこと多い。
古参達には劣るものの、《現代生まれ》の中ではかなり上の数字だろう。
本当に、この酒臭い狼は『はずれ』だ。
自分は、これよりもっと強い獣狼族と戦ったことがある。
それですら、まあまあ付き合えるか、というレベルなのだ。
『眷属化していない狼』など、お話にならない。
『役者が違う』というのは、こういう事を言うのだ。
大振りとみせて拳を手刀に変え、眼球を狙う。
地脈から気を取り込んで練り、《勁》を浸透させようとする。
そういった細かな工夫はしているようだが、全て無駄な事。
種族の差は、絶対だ。
野良狼ごときを怖れる吸血鬼はいない。
せいぜい門番か、世が世なら馬車の御者役あたりが妥当な連中である。
こんなのを婿に取ったマイネスタン家など、気がふれたとしか思えない。
───もうそろそろ、頃合いか。
すでにデータは取った。
何の評価にも繋がらぬと分かっているが、規定に則り仕方無しに。
これ以上はもう、苛立ちを抑え込めない。
こんな奴に、”結構良い勝負をしている”などと思われてはたまらない。
虫酸が走る。
牽制で突き出された左ジャブ。
どうせまた、強引な右アッパーに繋げるつもりだろう。
飽き飽きだ。
遅過ぎる拳をあえて躱さず掌で受け、強く踏み込んだ。
「ッ!?」
たったそれだけで蹌踉めき、後退する男。
苦し紛れに放たれるフックも、芸が無い。
余裕でかい潜り、バランスを崩した無防備な脇腹に膝を入れる。
ぐえ、と汚らしい呻きを上げて横に逃げたが、それで終わりだ。
移動したその場所こそ、『予定通りの位置』。
「”穿て”」
「がッ、あ!!」
土中から出現した白木の杭に右脚の甲を貫かれ、苦鳴が響く。
馬鹿な奴。
慌てて踏ん張った左脚も、即座にもう一組の罠の餌食だ。
「ちょっ、何だこれ!?くそっ───抜けねぇ!!」
「頭の弱いケダモノめ。
朝日が昇るまで、そこに突っ立ってろ」
間に合わせで張ったとはいえ、『狼専用』の術式だ。
これを仕掛けている最中にも気付けない奴に、外すなど到底不可能である。
「うぉい!待ちやがれ、卑怯モンが!!」
「・・・・・・」
もはや低能相手に口を聞いてやる義理も無い。
喚き散らす男を尻目に、《領地線》を越えて踏み入る。
常識的に考えれば、動けなくとも救援くらいは呼ぶだろう。
次に立ち塞がるのは間違いなく、吸血鬼だ。
相手が1名なら交戦して倒し、更に奥へ進む。
複数ならば、適当なところで撤退。
まあ、どのみち今回はもう、期待していない。
こんな『入り口』で引っ掛かってしまった以上、大して先へ進めはすまい。
報告に戻った際の、嫌味の1つくらいは覚悟しておかねば。
そんな思考が。
───突如、バラバラに千切れた。
───文字通り『爆発』し、体ごと吹き飛ばされた。
「・・・ッ・・・」
声が、出ない。
代わりに、ごぼり、と吐血して。
それを抑えるべく口元に当てようとした手が。
無かった。
───腕ごと、付け根から腰の半分と。
───右脚までもが、そこに『付いていなかった』。
「ぐッ・・・ごぼッ!!」
ようやく出た呻きと共に、滝のように流れ出す赤。
一体、何が。
自分は、何にやられたのだ!?
魔法?
すでに増援が来ていたのか!?
腕も脚も、再生が掛からない。
何処かにまだ、その形が残っているせいだ。
早くそれを回収して繋ぎ合わせなければ、失血が。
「ごッ・・・ごおッ!」
大木の真新しい折れ口に刺さった自分を引き抜き。
その勢いで無様に転がり、悶える。
早く。
早く、右半分を取り戻さないと。
起き上がることが叶わず、芋虫のように這いずる。
『まだ自分に戻れる筈の切れ端』を探す事に、全神経を集中する。
・・・近い。
・・・それは、近くにある。
近付いている。
近付いている。
何故か、自分が這う速度よりも速く、こちらへ。
そして。
唐突にその反応が、ぴたりと動かなくなる。
「はぁ〜〜い、残念でしたぁ〜〜!!」
場違いなほど愉し気な声が、頭上から降ってきた。
しかし、顔を上げられない。
そうする力が残っていない。
半分は地面で埋まった視界の中、たった2歩先に。
『自分の右半身』があった。
銀毛の獣らしき脚が───それだけでも自分より巨大な、脚先が。
千切れて真っ赤な肉塊を爪で切り裂いたり、踏んでみたりと、弄んでいた。
これは、獣狼族ではない。
絶対に、獣狼族ではない。
けれど、何であるかも分からない。
こんな。
こんなモノを、自分を知らない。
「真・雷鳴のカールベン!!都合により爆誕ッッ!!」
「・・・・・・」
体が、動かなかった。。
喘ぎの一つも出ない。
すでに取り返しがつかないほど、血を零してしまっている。
目の前にある自分を、自分のほうへ奪い戻せない。
「さあさあ、さあ!!
ワルい奴ぁ、もれなく丸齧りの刑だぜッ!!」
昏く霞んでゆく意識。
獣の、荒い息遣いが聴こえた。
幾つもの鋭い何かに、挟み込むように貫かれた。




