384話 Good Job 01
【Good Job】
枯れ枝と落ち葉を踏み、前へ進む。
斜面に対して直角方向に歩くのは、姿勢的にやや辛いが。
それでもまだ、想定していたよりはマシなほうである。
今シーズンは『暖冬』を通り越し、もはや気持ち悪いような陽気だ。
一週間前に降った重い湿り雪もとっくに溶け、足元は乾いている。
この時期に山間部で積雪が無いなど、異常気象としか表現出来ない。
───その言葉も、いい加減に聞き飽きた気がするが。
過去何十年と比べ気温が高かろうと、作物の出来に影響しようと、興味は無い。
全く関係が無いとまでは言わないが、それを考えるのは別の者の役目。
自分は『ここ』を、歩くだけでいい。
ただし。
歩くのは簡単でも、歩き方は面倒だ。
そこらの登山者のように音を立てるのは論外。
野生動物と同じく、いや、それ以上に気配を殺さねば。
そして、『気配が無さすぎる』のもまた、褒められた事ではない。
その微妙な匙加減を、完璧に身体に染み込ませ。
自分はもう20年、この仕事をやっている。
出した結果が他者より秀でている、という密かな誇りもある。
───しかし。
───今回はかなり、ツキに見放されているようだ。
「おうおうおう、コラ!止まれや、馬鹿たれ」
木立ちに預けていた背を離し、こちらへ向き直る人影。
「標識も柵も、無ぇけどよう。『見えて』んだろーが、おい!」
やたらとファスナーの多いカーキ色のズボン、そのポケットに手を突っ込み。
少しも品性の感じられない口調のダミ声で、がなり立てる男。
非常に酒臭い。
ふらふらと上体を揺らし、かなり酩酊している。
もしくは、そう見せようとしている。
「やい、こっちに入ってくんじゃねぇぞ?
回れ右して、ケツまくって帰れや。ホレ、さっさと行け!」
「・・・通り抜けるだけだ。他に何をする訳でもない」
「けッ!ワルい奴ぁ、みんなそう言うんだよ」
「・・・・・・」
まあ、こんな言い逃れが通るとは最初から思っていない。
ただ、一応は弁明する、と自分で決めているから、そうしただけだ。
実のところ、男も自分も、相手の言葉になど微塵も耳を傾けていない。
何を言おうと返そうと、するべき事は変わらない。
それのみが、互いの共通点である。
───短く溜息をついてから、一歩踏み出した。
この男は、『はずれ』だ。
評価点の付かない、さりとて無視も出来ない『厄介者』。
今回の仕事は失敗───とまではいかないにせよ。
クジを引く前から、《1等と2等が絶対に出ない》と確定したような気分だ。
真っ直ぐ、男に向かって進んだ。
偽装ではなく本来の、獣より気配を殺した歩みで。
一歩。
二歩。
そして。
次の脚を地に着ける直前、顔の高さに石。
男が爪先で引っ掛けて飛ばした、先制攻撃だ。
横にずれて躱した所へ、跳ね上がるように襲い掛かる廻し蹴り。
それも、僅かに顎を引けば良いだけのこと───
だが。
姿勢を戻した絶妙のタイミングで、男のバックハンドが振り抜かれ。
流石に、これは防御した。
「おおっと!やるじゃねぇの」
「・・・・・・」
別に、大したものではない。
速度も、威力も。
『自分達』の基準からすれば、特段警戒が必要なレベルではない。
ただ、厄介だ。
中途半端に無駄な生命力と。
相手が何なのか分かっていても仕掛けてくる、その低俗で好戦的な思考が。
「・・・薄汚い狼め」
「ワルい奴ぁ、みんなそう言うぜ」
バキバキと指の骨を鳴らして、にやり、と男が笑った。




