381話 危険な男 05
「貴女は、平和主義者なのでしょうな」
「そう───なのかしらね?
”面倒だから争いを避けたい”というのを、平和主義と呼んでいいのかしら?
望んでいるのは、ただの現状維持よ?」
「理由として、特におかしくは感じませんが」
「──────」
リスヴェンと名乗った男が、穏やかに微笑み。
あたしはそれに、ちょっと拗ねた感じの溜息で応える。
《平和主義者》。
正直、好きではない言葉だ。
現在のところ、あたしが統括する『部』は、最も年季が浅い。
つまり、あたし自身を含めて《新参者》という扱いだ。
それ故。
事あるごとに他の『部長』から、脅すように、試すように言われてきた。
”まあ、あんたみたいな平和主義者は、嫌いじゃないよ”───と。
頑張って『部長』になってみたら、あら不思議。
周囲に居たのは自分とは、まるっきり別のタイプ。
長椅子に寝っ転んでキセル吹かしてるような、ゆるーい感じなんかじゃなく。
ガツガツと飢えた、更に高い地位を目指すヤバい連中だった。
《平和主義者》という認定は、最優先の攻撃目標ではないという、『見下し』。
それも、”今だけの限定だぞ”と宣告されているに等しい。
あたしの『悠々快適ライフ計画』は現在、獣達に囲まれ孤立した状態である。
「───ただし、武器が必要ですな」
僅かにも音を立てず、カップをソーサーに戻して。
老人が、ぽつりと呟いた。
「『武器』?」
「ええ。
《平和主義者》とは、争いを好まぬ思想の上に成り立ちますが。
けっして、『戦えない者』でも『武器を携えない者』でもない」
「──────」
「闘争は、望まずとも向こうからやって来るもの。
泣けど、情に訴えど、避けられぬ場合はあるでしょう。
その時、どうしても抗わねばならない局面で、素手だとどうなるか?
限定されてしまうのですよ。
勝利条件が。
『相手が諦めるまで殴り続ける』という、ただ一手に」
「──────」
「切れ味の鋭い武器無くば、敵に情けをかける事さえ出来ないのです。
そして、訪れる結末は《平和主義》とは程遠い、血の海でしょう」
「───『武器』というのは、情報のことかしら?」
「大抵は、そうなりますな」
「───今は無いわ。
1つたりとも、そういう物を持ち合わせていない」
「ならば、『武器』を探すまでの時間稼ぎを。
群がる捕食者達に、”すでに武器を持っている”と思わせねばなりません」
「それは、口で言うほど簡単ではないわね」
「いいえ。
貴女はもう、その手段を握り締めている筈だ」
「??」
きっぱりと言い切る男に、頭の中がクエスチョンマークで一杯になる。
うわ。
駄目駄目、落ち着いて!
瀟洒、瀟洒!
気品MAXモードを維持しないと!
「貴女の部下に、優秀な者はいますかな?」
「それは、そうね───それなりに」
「優秀で且つ、上昇志向の高い者は?」
「ええ、いるわね」
「宜しい。
ではまず───『それ』を殺しましょう」
「!!!」
笑みを湛えたまま、男が口にした言葉。
比喩でありながらも、ただの比喩ではなく。
1つの命を粗雑に、『それ』と言い捨てる冷酷さ。
乾き切った感情。
ヴァチカンに身を置く枢機卿の一人。
リスヴェン・ウォルトの眼光に、あたしは射抜かれて。
背に震えが走った。
下腹部まで沁み通るような、あまりに深い衝撃だった。




