380話 危険な男 04
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時刻は14時。
テーブルの中央には皿を載せた編み籠と、紅茶のセット一式。
ホテルがやるような『アフタヌーンティー』と違い、ティースタンドは無く。
サンドイッチ等の軽食は抜きで、提供はスコーンのみ。
アレだ、この時間、イギリス人なら誰でもやっているだろう、アレ。
お洒落で気楽な、『クリームティー』スタイルだ。
クロテッドクリームに、ストロベリージャム。
その定番にアクセントを加える、ラムレーズン入りのクリームチーズ。
スコーン自体も、ベーシック、シナモン、メープルと3種用意されている。
これらの全ては既成品ではなく、マギルの手作りだ。
ホント、良くやるよ、と思う。
一見シンプルで簡単そうだが、そう感じるのは『やったことが無い者』。
実際はスコーンを焼くより、レシピ通りにチーズケーキを作るほうが容易だ。
ミスしない限り、誰でもそれなりの味を楽しめる。
”自分、結構才能あるじゃない?”なんて、いい気分にもなれる。
けれど、スコーンの場合、そうはいかない。
砂糖も使えど、甘くすれば美味しくなるという、スイーツの公式は通用しない。
中に挟むものの甘さと紅茶の風味を計算し、絶妙な配合を決める必要がある。
───”それくらい、趣味でやってるレベルでも出来る”?
ああ。
じゃあ、結構料理全般に手を出してきたあたしが、止めをさしてしまおう。
頭がおかしいのかというレベルで紅茶に拘る、イギリス人が。
愛して止まぬ、午後の一時の。
それを彩る『スコーンというもの』に、何のこだわりも含めていないとでも?
悪い事は言わない。
スコーンとバゲットは、店で買え!
凝りに凝って焼くよりも、好みのものを探して購入するべき!
っていうのが、信条なんだけどねー。
───マギル、凄いなぁ。
───これ、メチャクチャ美味しいよ!
それこそ、高級ホテルが出すレベルだ。
あたしが昔焼いたのより、遥かに上を行ってる。
ここへ来る前にヤケ食いした分の罪悪感を、完全に打ち消すくらい美味しい。
「つまり貴女は、誰とも争うつもりが無い。
しかし、周囲は非常に好戦的で、皆が互いの隙を狙っている、と」
「ええ。
《買うことが出来る地位》というのは、《常に淘汰され続ける地位》。
不運なことにそんな実情を知ったのは、買ってしまった後だったわ」
「争うのは、恐ろしいですかな?」
「それ自体に恐怖は無いけれど、かかる手間に煩わしさを覚えるわ。
結局のところ、”楽がしたい”のよ。
ボロボロに剥ぎ落とされ、誰かがその場所を奪ってゆくような戦場において。
”これ以上は欲しくないから、ずっとこのままで居させてほしい”。
そういう我儘なのよ」
「───成る程」
テーブルを挟んで向かい側。
あたしの話を聞いているのは、一人の男。
どう見ても、とっくに初老の域を超えている。
老人と呼んだところで、本人が気を悪くすることはないだろうくらいに。
───けどさぁ。
まさか、『孫』がこんなのだとは想像してなかったよ。
年齢はともかく、その立場ってヤツに驚いたね!
『女淫魔』は、性愛に関する欲望を卑下しない。
性欲なんて、あって当たり前。
みだりに言わないまでも、その存在を否定することはない。
生き物である限り本能として、性欲は必ず伴う。
それは聖職者だろうが例外ではない。
だから、カトリックでもプロテスタントでも仏僧でも、別に拒絶しないし。
あたし自身、そういうのを相手した経験もあるんだけどさ。
───流石に《枢機卿》なんて、初めて見たよ!
───ヴァチカンど真ん中、法王庁の中枢部にお邪魔とは思わなかったよ!
どう考えたって女淫魔が、悪魔が出入りしていいトコじゃないよ。
しかも、手ずから紅茶まで淹れてもらってさぁ。
しれっとしてるけど、マギル。
アンタもだよ!?




