36話 夢を追う者 02
「───剣術など、道楽に過ぎない」
淡々と。
囁くような声が、風に溶ける。
「剣に現を抜かすような奴は、馬鹿だ。
魔法で大成出来ない、愚か者だ」
「・・・・・・」
「絵物語の世界から抜け出せず、幼稚な夢を見続けているのだろう。
余程、他に秀でた部分が無いのだろう。
いつか現実を目の当たりにして、絶望するだろう。
醒めない夢に浸り、永久にそのままでいたほうが幸せだろうな」
「・・・・・・」
「と、まあ。
そんなふうにコソコソと言われるのも、嘲笑されるのも慣れてる。
勝手にしろって感じ。
───だけど、さぁ───」
「・・・・・・」
かっ、と開かれる眼。
瞬間。
紅の悪魔の体から、その髪と同じ色の炎が湧き上がり。
地獄そのものの高熱に、周囲の空気が怯え、揺らめいた。
「よりにもよって!!
この、あたしが!!
『評議会の議員に身体を売って』!?
『不当に高い位階を手に入れた』!?
ふっっ ざっっ けっっ んっっ なっっっ!!!!!」
「どわっ!?
あ、熱っ!!熱いって!!
落ち着けっ!!落ち着いてくれ、姉貴っ!!」
制止を試みた黒髪の悪魔のスーツが、嫌な匂いと共に焦げて。
たちまち幾つもの穴が開いてゆく。
「ただの噂だ!
根も葉も無い、嘘っぱちだ、出鱈目だ!
少なくとも俺は、そんなもの信じちゃいない!
だから、落ち着けっ!深呼吸っ!!」
「~~~~~~~!!!!」
「絶対に卑怯な事しないってのは、俺が良く知ってる!
姉貴は!
そんな器用な性格じゃあないっ!!」
「──────あ"?」
「信じてるっ!!」
「──────」
ひゅう、と嵐の前触れに似た息吹が、紅い唇から零れる。
二度。
三度。
最終的に十度ほどそれが繰り返され。
ようやくメイエルの纏う炎が、霧散する。
「──────大丈夫。
あたしは、落ち着いてる。
とても、とても、落ち着いてる」
「お、おう」
「何故なら、『目の前にあるもの』が真実だから。
今、まさに。
あたしの『純潔』が証明されたからっ!」
「・・・・・・」
太陽さえ息を潜めた、楽園の中心で。
太陽のように優しく、無邪気な笑みを浮かべ。
メイエル・ディエ・ブランフォールは、高らかに宣言した。
「───あたしは、『清らか』で『純潔な乙女』!
見ろ!
一角獣が、まったく逃げない!!」
「・・・・・・」
「何、その顔」
「・・・俺には、逃げ遅れたようにしか」
「黙れ」
「・・・・・・」
「ほら、触れるじゃん」
「・・・震えてんぞ、コイツ」
「黙れ」
炎の悪魔の手がゆっくりと、一角獣の背を撫でる。
優しく。
とてつもなく、優しく。
「聖獣の目が、あたしの姿を映し。
その歓喜に身を打ち震わせている。
分かるだろ、ヴァレスト?
これが、乙女の戦闘力」
「・・・白目剥いて、痙攣してる」
「だ ま れ」
(いやいや、『乙女の戦闘力』!?
何だそれ!?
間違っても、この地球上に存在していい言葉じゃねーぞ!?
・・・暴力か?
これは、『言葉の暴力』かっ!?)
冷や汗を流すヴァレストの視線が、哀れな一角獣のそれと重なった。
・・・ああ。
分かる。
今日は『ソロモンの指輪』を持って来ていないが。
言葉以前に、コイツが何を訴えているか、よく分かる。
(タ ス ケ テ)
(すまん、無理だわ)
「よぉぉし!ちょっとその辺、ぐるっと回ってこよーかー!」
溜息をつくヴァレストの、一瞬の隙を突いたように。
気が付けば一角獣の背に、炎の大悪魔が乗っていた。
横座りの。
最高に乙女チックな角度で。
(タ ス ケ テ)
(無理)
一角獣、バンシルト。
彼は数百年後。
再度、その乙女を乗せる運命。
新婚旅行という名目で火星の地に降り立ち、更には木星へと───
こんなユニコーンも・・・。
うーーーん。
・・・アウトかな(苦笑)




