376話 Newbie(s) 04
───『特務員』としての資質を問う、各種の試験。
───その結果は、すこぶる良い。
『格闘講習』の判定で最高評価が下されているのが少々、想定外ではあるが。
勿論、あの《狂戦者》ミリアン・ベイガーに担当されぬよう、手は打った。
どうでも良い『出張』をでっち上げ、彼女はヴァチカンの外に放り投げた。
《師》にも『格闘講習』は本気を出さぬよう、念を押しておいた。
しかし、それでも、やり過ぎてしまったようだ。
映画等では魔法の専門家とされている『死せる賢者』だが。
肉体的な能力に特化していないとはいえ、人間とは全く比較にならない。
”痛みにも恐怖にも、類まれなる耐性がある”
”高い攻撃力と正確性を持ち、回避防御に関しても優れた技術を有する”
そう『評価書』に記されているのも、当然だ。
講習担当者はさぞや、《秘匿部隊》に欲しがったことだろう。
───まあ、いい。
───それはまだ、いい。
問題は。
その他だ。
枢機卿の蝋印で閉じられた、『明らかに面倒そうな』八通の封書だ。
その内の七通までは、ほぼ同じ内容。
簡単に纏めると、
”二、三年は《特務》をやらせてやるから、その後にこいつを寄越せ”。
そして最後のものだけが。
”とても良く出来た経歴だった。話し相手として時々、借りるぞ”。
むむ。
流石はリスヴェン卿、誤魔化せなかったか!
「───ヴァチカンで一体、何があったのです?」
「『何』というか、些細な事だ」
客用の椅子に腰掛け、コーヒーを啜る長身の我が師。
「『最終面談』が終わった後、しばらくしたらだな。
次々に《枢機卿》とやらに呼び出され、会談することになった」
「──────」
「多少偏った信仰を持つ連中だったが、ある程度は合わせておいたぞ。
若干の指摘、改善点の提案も『込み』で。
それを8回ほど・・・ああ、いや、7回か。
最後の男は、私の求める信仰とかなり近かった。
あれはこちらとしても、得る物があったな」
「──────」
やはり、師は優秀過ぎる。
相当に悪い意味で。
リスヴェン卿以外の枢機卿とは、ある程度の距離を取りたいのだが。
これはもう、完全に『狙われて』いる。
各派閥から《期待の新人》として、目を付けられてしまった。
蛇より執念深く、悪魔より狡猾な彼等だ。
一旦喰い付かれたら、外せない。
『特務員』として殉職でもしない限り、今後延々と絡んでくるのは明白だ。
リスヴェン卿の力を借りて牽制する、というのは一つの手だが。
それとて、タダとはいかないだろう。
見返りとして最低でも、《師の正体》を問い正される。
連鎖的に、《私の正体》も明かすことになる。
───解決策が、浮かばない。
───今すぐの、安全で確実な方法を思い付けない。
取り敢えずのところは一旦、《任務》で師の所在を此処から移すか。
ヨーロッパ方面以外の。
南米か極東あたりなら、ヴァチカンもすぐには接触出来まい。
「───我が師よ。
早速なのですが、これから《任務》に就くことは可能でしょうか?」
「ああ、構わないとも」
「本来は経験者を同行させるところを単独で、となりますが」
「問題あるまい」
カップを皿に置く微かな音と、簡潔な返答。
冷戦時代のスパイのようなトレンチコートに、深く被ったグレーの中折れ帽。
人間社会の通貨をあまり持たない師が、渡した軍資金で購入した物だ。
いや、似合ってはいると思うが。
正直なところ、カトリック信徒としてはかなり、胡散臭い。
「《任務》というのはつまり、あれだ。
我等の信仰や社会の安定に害を為す、そういった事案の解決だろう?」
「ええ、そうです」
「ならば、私は。
悪しき者達こそ優しく抱擁し、その耳元で”悔い改めよ”と囁こう」
「撃たれますよ」
「なあに、死にはすまい」
「それが問題なのです」
───どうにも、上手くゆくイメージが描けない。
かといって、こればかりはマーカス坊やと組ませる訳にもいかない。
《法王候補》として彼が様々な者から影響を受け、成長するのは良いのだが。
師によって『矯正』されてしまうのは、望ましい形とは言えない。
「───Mr.ラッチー」
”・・・何だね”
私の呼び掛けに、コートのポケットから顔を出す白ネズミ。
「お願いしますね」
”ふむ。
何を、と明言しないところに、君の深い苦悩を感じるな”
「宜しく、お願いしますね」
”・・・善処はしよう。猫が関わっていない限りは”
「猫、ですか?」
”カルドロスと名乗る枢機卿と会談した際にな。
彼は、飼い猫を連れてきた。
ポケットの中に隠れている私に、猫が気付き。
コート越しとはいえ、激しい攻撃に晒された”
「それはまた───不運な───」
”・・・その時、私は悟ったのだ。
この世には、話し合いで解決出来ぬ事もある。
現在進行系の暴力を前に、どんな説得も無意味であると。
ヴァチカンに住む猫ならば、さぞや信仰に篤いだろう、という幻想は。
木っ端微塵に打ち砕かれ、消滅した。
おそらく、あちらに大した悪気は無かったのだろうが”
「まあ、最終的には私が助けたんだ。
もうその件はいいじゃないか、ラッチー」
”良くない。あの介入は遅すぎるのだよ。
ご主人は長期的な試行、探求には執念じみた性格をもって結果を出すが。
即断を迫る状況においては、2、3歩下がって観察しすぎる傾向がある。
刹那に生きろ、とまでは言わない。
しかし、世の事象は全て、常に動いている訳であり───”
兄弟子による、メルセディアン師への『説教』が始まった。
ここから先は、口を挟まぬほうが良い。
そう簡単に生き方を変える師ではないが、ある程度の『説教』は必要だ。
暴走しがちな師を、ギリギリのところで兄弟子が舵取りする。
まるで、船と船頭の関係。
今の私が出来るのはただ、目的地を告げることくらいだ。
そう、《目的地》。
任務の選定。
───初回で武装カルトとぶつけるのは、絶対に駄目だ。
───『悪魔絡み』が予想されるものは、マーカス坊やに廻すべき。
───そうなると、後は。
未だ着手していないのは、台湾の《電脳異界倶楽部》。
若しくは、タイの《The Last Holy House》といったところか。
”そもそもだ。
ネズミがチーズを好む、などというのは迷信なのだよ”
「美味しそうに食べていたじゃないか」
”では、この際だ。はっきり言ってしまおう。
あれはだな、わざわざ買ってくれたご主人への『義理立て』だぞ”
「成る程、そうだったか。君の気遣いに感謝する。
そして今後、君の分のピザからは完全にチーズを抜こう」
”おや、パワーハラスメントかね?
それともご主人は、0か1かでしか考えられない二進数の脳味噌をお持ちか?”
───Mr.ラッチー。
───お願いしますよ、本当に。




