375話 Newbie(s) 03
管区大司教、ベリーリ・マルドロス。
彼は今、ようやくヴァチカンから戻ってきた《師》を前にして。
差し出された『評価書』と、付属する予期せぬ封書の内容に唖然としていた。
───2週間前、突然ヴァレストが連れてきた1名と1匹。
事情と要望は理解したが、教会内部に匿うことは容易ではない。
メルセディアン師は、あまりに『人間を知らなすぎる』。
住み込みで勤めるにしてもだ。
同僚となった者や、礼拝に訪れる一般信徒と問題無くやれるとは思えない。
有り体に言えば、苦情が来る可能性が高い。
さりとて、自分にとっては紛うこと無き《師》だ。
『死せる賢者』という種に生まれ変わった、その切っ掛けであり。
自分よりも長く信仰に身を置く《先達者》でもある。
管区大司教にまでなっておきながら、”何も出来ません”、では済まされぬ。
いや、マーカス坊やの嫌味を気にしているわけではないのだが。
───ならば、どうするか。
教会の関係者として、その身分を保証しつつも。
可能な限り、他者と関わらせない方法。
───丁度良く、《特務》に欠員がある。
───カトリックから抜け、その後に命を断ったブライトン・バルマー。
───その席が、補充の予定も無いままに空いている。
これぞ、僥倖。
特務に従事しながらでも、《師》が研究を続ける事は可能だ。
自分が頻繁に任務を回さねば良いだけの話だ。
しかし、『特務員』となるには絶対に、《教会籍》が必要となる。
匿うだけなら、幾らでも誤魔化しも効くが。
『特務員』に関する任命権は自分ではなく、ヴァチカンにある。
その際の精査で当然、《教会籍》が確認される。
《教会籍》とは、信徒としての『正式な証明』だ。
どこの教会で、何歳の時に洗礼を受けたか。
その洗礼名は。
誰が『洗礼式』の責任者か。
そういった、信仰の始まりが刻まれたものなのだ。
勿論、そこに記されるべき両親の名前も必要となる。
両親の分の《教会籍》も問われる。
それだけでは足りない。
更に何代か遡って、偽造しなくてはならない。
───細心の注意と、緻密な計算が要求される。
自分が懇意にしている僻地の司教と共謀すれば、何とかなるか。
洗礼に関わった者はすでに他界している、という形にして。
両親は在命せず、他に家族は無し、で押し通して。
面倒この上無いのだが、これさえ整えば。
形式さえクリアすれば、ヴァチカンからの任命は取れる。
筆記試験や面接という名の『教義問答』も、《師》であるなら容易い。
その信仰は本物であり。
どれほど厳しい評価担当者に当たっても、怖れることは無い。
───万全の『身固め』で《師》を送り出し。
───そして、その結果が『これ』だ。




