373話 Newbie(s) 01
【Newbie(s)】
誰にも見えず、誰にも分からない場所。
『そこに在る』ということを知っていなければ、無きに等しい場所。
それ故に誰も辿り着けず、幽世とも称される幻想空間。
所謂、『人の世の隙間』。
───そういった、通常の人間には知覚出来ない領域の一角が、今。
───月よりも明るく、赤く、煌々(こうこう)と夜空を染め上げていた。
熱風。
炙られた木材の、爆ぜる音。
燃え盛る炎の真ん中から、ゆっくりと男が出て来る。
苦しむでも助けを求めるでもなく、当たり前のように。
雨に濡れるほどにも、その身を気遣うこと無く。
ドスン。
地面に投げ出され、体積の割りに大きな音を立てたのは、『耐火金庫』。
その上に腰掛けて男は、ふう、と息をついた。
「これを購入した時は、用心に過ぎるかと思ったが。
いやはや───災難とは、忘れた頃に訪れるものよ」
所々に焦げ跡が付いた茶色のローブの、袖と肩を払い。
今まさに地鳴りのような音を立てて崩れ落ちた柱にも、意を介さず。
深く被ったフードの中。
真紅の両眼を輝かせ、男は続ける。
「───だが、『見せ場』はあった。
大いにあった。
炎に包まれる礼拝堂。
荘厳なるステンドグラスと、聖なる十字架を背にして立ち。
忌まわしき呪物で身を固めた悪漢共に、微塵も臆することなく。
”我が信仰は、永遠に不滅なり”と、叫ぶ私。
───あれは、非常に高揚した。
感動的だったよ。
我ながら、頬を涙が伝った」
”しかし、ご主人よ。
その感動的な場面において、役者が全員、『死せる賢者』ではな。
正直、観客からすればどちらが悪役なのか、非常に分かり難い”
男の足元で、白ネズミが冷静に感想を返す。
「おいおい、ラッチー。
君はそんな、通俗的な事を」
”自己完結にて終えるつもりなら、信仰を言葉にする必要もなかろう。
されど、他者に伝える事まで考え、行動するならば。
『大衆受け』無くして、信仰の裾野は拡がらぬと思うぞ?”
「───ふうむ。一理ある。
しかし君も『死せるネズミ』となってから、随分と学んだようだ」
”将来は教え導く立場、《司祭》を目指しているのでな。
神智学の書だけでなく絵本も読むのは、その為だ。
如何に簡潔容易な言葉で、聖書の内容を説くか。
その教材として童話は、非常に有意的なのだよ”
くい、と顎を上げて胸を反らす、体長20センチの齧歯類。
”まあ、残念ながら。
今回のご主人の『見せ場』には、私以外の観客はいなかったが”




