372話 不遜な英雄 03
「おう───金を出せよ。
ドルで、今すぐ、ここに積み上げろ」
”・・・要求額は?”
「5000万ドル。
オーストラリアや各地の、復興費用だ」
”・・・・・・”
「恥ずかしくてエルフに合わせる顔も無い、お前らの代わりに。
この俺が、ちゃんと渡してやるからよ。
ぐだぐだ言わず、持って来やがれ。
今回はそれで、許してやらぁ」
”・・・・・・”
「さっさとしろよ、おい」
”ミュンヘンにいる、《独立国家》の元首を引き渡せ”
「夢日記なら、ケツ拭く紙に書くんだな」
”3000万ドルだ”
「値切りたきゃ、自害でもしてみせろ。
お前らが一匹くたばるごとに、1ドルずつまけてやる」
”口の利き方に気を付けろ、駄竜めが”
”重力回廊で数千年、氷漬けになりたいらしい”
「設備に不備が無ぇか、まずは自分で試してみちゃどうだ?
今なら特別に、手伝ってやるぜ?」
これはもう、誰がどう聞いてもマフィアの会話だ。
マフィア同士、悪役同士の、『手打ち』に他ならない。
しかしだ。
俺には《森の戦友支援会》の会長として、大きな責任がある。
どれだけガラの悪いやりかたでも、評議会からブン取ってみせる。
こいつらに舐められて尻尾を巻く訳にはいかないのだ。
俺は絶対に、エルフへの不義理を認めない。
ただの《精霊素》となって消えた、パートナーの。
北西部に散ったエルフ全員の命を。
無駄にすることは、決して許されないのだ。
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遠くで扉が開き、そして閉まる音がした。
受付の中、思わず立ち上がって左後ろを見れば、廊下の奥。
黒いスーツの彼が、ゆっくりとこちらへ歩き始めたところだった。
ああ、帰ってきた!
英雄の帰還だ!
「───お疲れ様でした」
座り直し、丁寧に頭を下げるわたし。
「成果は上々だ。
君が応援してくれたお陰さ」
魅力的な声と笑顔に、こちらも笑みを返したが。
わたしの顔はきっと、真っ赤に上気しているに違いない。
「それじゃあな───そう遠からず、また来るぜ」
「はい───お待ちしております」
受付としてかなり問題のある台詞が、自然と口から零れる。
いや。
それ以前に、彼の発言も《爆弾級》だ。
来た時と同様に、何者も怖れることなく遠ざかってゆく、頼もしい背中。
あの『とびきり厄介な議員達』は、それぞれの部屋へと引き上げたのだろう。
3番会議室の照明コントロールが、触らずとも勝手にオフになった。
───わたしにとって彼は、特別な『英雄』。
一つだけ不満があるとすれば。
それは、『紳士すぎる』こと。
皆が噂するよりも、ずっと落ち着いていて『優しい』ことだ。
”仕事が終わったら何処か、食事にでも行かないか?”
そんな風に誘ってくれたら。
わたしを口説いてくれたなら、最高なのに。
───やっぱり『高給取り』って、甘くないなぁ。
───残念。




