368話 我は、ここにあり 04
・
・
・
・
・
・
・
「───結果が出たぞ。
予想通りだが、全て賛成票で可決だ。
これで、あんた達の《独立国家》とやらは。
《森の戦友支援会》の『協力団体』として、正式に認定された」
「・・・感謝する」
仏頂面で、軽く頭を下げる天使。
こいつ、前に少しだけ見た憶えがあるが。
まさか、もう一度出会うとは。
何だかなぁ。
付き合いの無い奴、それも天使に力を貸す事になるとは、思いもしなかったよ。
「何せまあ、持って来た『土産』がデカい。
こっちで開発中だった《中和剤》は、6割がた組み上がってたんだが。
それが一気に、完成までもっていけた。
試作第一号で、96%の解毒率らしいぞ?
即、量産体制に入るそうだ」
勿論、作ってたのは俺じゃあない。
リーシェンが面倒を見ている、弟子達だけどな。
ゴトン、とスマホを木のテーブルに置き、脚を組む。
「これを喜ばない会員なんて、いやしないさ。
可決して当然。
2、3時間後には、広報担当が公式発表する予定だ」
「おい、ひょうたん!
本当に助かったぞ!礼を言う!」
「・・・あ、ああ」
族長が、ばし、と天使の肩を叩けば。
フォンダイトと名乗る男は、痙攣するように身を震わせた。
「我らエルフも、声明を出さねばいかんな。
アル坊の所の協力団体なら、こちらもそういう扱いをする必要がある。
すぐに、各地の同胞へ連絡しよう!」
席を外すぞ、と声を掛けてから部屋を出てゆく族長。
あんたの家なんだから、別に遠慮は要らないけどな。
だが、《中和剤》の件は、エルフ達にとって特大の朗報だ。
満面の笑みで走るのもやむ無し、ってもんだよ。
───カップに口を付け、薄茶色の液体を飲み込む。
なんだったっけ、これ。
ホウジ茶?
確か、日本の茶だよな?
ここのエルフの誰かが、日本旅行の際に買って来たとか?
「それで、お前。これからどうするんだ?」
「どう、とは」
俺の問いに、一口も飲まずにカップを置いたままの天使が、こちらを見た。
「ええとだな。
まず、《地上の星》とかいう、その独立国家は。
結局のところ、『何処に』あるんだよ?」
「・・・・・・」
「幽霊船みたく、そこら辺を漂うって訳にもいかんだろ?
ちゃんと寝泊まり出来る場所が必要なんじゃないか?」
「我等の所在が何処にあるのか、と問われれば。
《国家建設》を宣言した場所、即ち、ここだろう」
「いやいや、『ここ』って。
そりゃマズいだろうが。
追っ手の天使達が来たら、エルフに迷惑が──────あっ!!」
しまった!!
「おい、お前!!ハメやがったな!?」
思わず立ち上がった俺に、天使は。
にたり、と不気味に笑って、口角を吊り上げる。
こ、こいつ!!
───痛恨のミスだ!
完全に失念していた!
天使がこいつとその部下達を捕縛、もしくは殺害しに来た場合。
《独立国家》と協力関係にあると認めているエルフは、それを放置できない。
美味しいところだけ頂いて見殺しに、なんて絶対にプライドが許さないだろう。
俺が会長を努める《森の戦友支援会》も、同様。
彼等を協力団体として認定したからには、追っ手である天使と戦うか。
最低でも、割って入るくらいはしないと、義理が立たない。
それも、1回、2回の話ではなく。
これから先、何百回でも。
永久にだ。
それを避けたいなら、『土産』に気を惹かれる前に。
まずは《独立国家》としての安定を確認するべきだった!
数日待ってでも、彼等自身にそれを証明させなきゃならなかったのだ!
───ちくしょう、やられた!!
今からこいつらを、何とかして安全な場所へ移さなければならない。
『安全な』とは、防衛や撃退が可能、という事ではなく。
そんなものが必要無い、という意味だ。
追っ手が手出し不可能な場所。
それは───1体たりとも天使が入れない街、ミュンヘンしかない。
この男。
最初から『ミュンヘン入り』が狙いだ。
しかもそれを、自分じゃなく俺にさせようとしてやがる!!
───更には、よくよく考えてみると、他にも引っ掛かる点があった。
『戦術毒の組成式』なんていう特級機密を盗み出し。
部下まで連れて逃走したのに、何故《追っ手》の動きが無いのか。
何せ盗んだ物が、物だ。
それをエルフの所へ持ち込むだろう事は、馬鹿でも予想出来る。
なのに、どうして。
現在ここに、天使の一団が押し寄せていないのか。
「フォンダイト!
お前、所属を抜けるにあたって、何らかの取引をしてるな?」
「・・・・・・」
「組成式をかっぱらってから、何時間経過した?
猶予は後、どれくらいだ?」
「何の事だか」
「おい!そこは正直に答えろ!
下手すりゃこっちにだって、火が点いちまうんだぞ!?」
「・・・何の事だか、分かりかねる」
まったく───なんて奴だよ!
こんな綱渡りの状況下でも、手札を切らない。
絶対に弱みを見せない。
流石、《独立国家》をブチ上げて、その『元首』を名乗るだけはある。
並大抵の頭脳と、度胸じゃないな。
悔しいが───俺では太刀打ち出来ないレベルだ。
「すぐにここへ、ウチの者達を呼ぶ!
お前らの護衛だ。
何があっても、決して天使と交戦するな。隠れてろ。
いいな?」
「了解した」
「俺は一旦戻って、『調整』してくる!」
残りのホウジ茶を飲み干し、転移陣を開いた。
急がねばならない。
タイムリミットが不明なまま。
可能な限り早急に、こいつらを『ミュンヘン入り』させなければ。
せっかく《限定休戦》となっているここ、リトアニアが。
悪魔まで巻き込んで、天使との大戦争になっちまう!
それも、迂闊な事をやらかした、俺のせいで!




