35話 夢を追う者 01
ちょっと、昔話ですよ。
【夢を追う者】
「いやー、いい天気だねぇ」
「空は晴れ渡り、そよ風が心地良いし」
「平穏無事で何より。あー、見つけた!これボクの好きなやつだー」
───広々とした草原の中。
3頭の一角獣が思い思いに、草を食んでいる。
誰かが見ている、夢のような。
誰かが忘れてしまった、思い出のような光景。
一角獣。
清らかな乙女のみが近付ける、伝説の生き物。
その純白の毛並みの先端は、陽光を受け、薄い黄金色に輝き。
額から伸びる長い角が、神秘と英知を表して天を突く。
───ここは、まだ名前の無い楽園。
人間の国から離れ、どれほど歩いても辿り着くこと叶わぬ桃源郷。
不可思議な物語と、想像の絵画だけが存在を示す、幻の世界。
「明日も晴れるかなー?」
「晴れるよ、きっと」
「雨が降ってもいいけどね」
「うんうん。雨もいいよねー」
「平和だねー」
争いも、悩みも、生きる不自由さも無い、この地で。
3頭はのんびりと草を食む。
昨日と同じように。
昨日の昨日と同じように。
しかし、その安らかで怠惰な繰り返しを。
どうしても、受け入れる事が出来ない者がいた。
「・・・足らない・・・」
眠りに誘うほど優しい風の中。
精悍な顔つきをした4頭めの一角獣が、呟く。
「オレには・・・足りない・・・」
「何がさ?」
「毎日楽しいよ?」
「そうそう。ほら、笑って、笑って」
「いや!このままじゃ駄目だ!!」
断固とした口調と、大地を叩く蹄の重い音。
「オレ達は、一角獣!
穢れ無き乙女に愛でられ、背に乗せるのが使命、喜び!」
「そうだよー」
「オマエ達は、このままでいいのか!?」
「うん」
「いいじゃん」
「いや!
オレは違う!
オレはもう、耐えられないんだっ!」
バンシルトという名の1頭は荒く息をつき、顔を歪ませる。
「ねえ、落ち着こうよ」
「明日は、エルフのおねーさん達が来るかも」
「おねーさん達と遊んだら、心配事なんか無くなるよー」
「それだ!それこそが、『日常に飼い慣らされている』証拠なんだっ!!」
鎮まらぬ感情そのまま、バンシルトは吼える。
決意を込めて輝く、黒曜石に似た瞳で。
運命に挑みかかる、挑戦者の覚悟をもって。
「「「????」」」
訳が分からない、という表情の3頭に、バンシルトは静かに続ける。
「確かに、エルフのおねーさんは可愛いさ。綺麗だよ。
だが、それでもな。
───もう少し、おっぱいが欲しい」
「「「????」」」
「美しく整ったプロポーションに感謝しながらも。
あえて言おう。
更なる高み、肉感的な魅力。
つまり、おっぱいが足りないんだよ」
「「「・・・・・・」」」
黙り込んだ仲間達を教え諭す、力の篭った言葉。
「『広がり、収束し、再び広がる』。
これこそ『美』の極致。
その第一段階であり、最も重要なのが、おっぱい。
オレは、そう信じている。
信じ続ける」
「エルフのおねーさん達には、それが足りない。
アレはアレで良いんだが、やっぱり足りない。
オレはいつか、ボン、キュッ、ボンな乙女を背に、この草原を駆け抜けたい。
たとえ『異端』と呼ばれようと。
誰にどれだけ笑われようと。
オレはオレの夢に翼を与え、世界に羽ばたかせたいんだ!」
「「「・・・・・・」」」
───くるりと背を向け、走り去る3頭。
「・・・って、オイ!
そんな引くような、おかしいこと言ったか、オレ!?」
慌てて叫ぶが。
仲間達の背はもう、遥か彼方。
「何も逃げなくったっていいだろ!?
・・・ちくしょう!
所詮は飼い慣らされた獣、アイツ等にオレの夢は高尚すぎたってことか」
フッ、と寂しく孤独な息を落とし。
バンシルトはヤケ喰いしようと、目の前の草に首を伸ばす。
(・・・ん??
妙に暗いな?・・・いつの間に曇ったんだ?
さっきまで晴れていて、雲ひとつ無かったのに)
それは、違和感。
第六感。
いわゆる、『虫の知らせ』。
バンシルトは、ゆっくりと振り返った。
そう。
振り向いてしまったのだ───




