366話 我は、ここにあり 02
「───さて。
君は何を思って、こんな事をしでかしたのかな」
「・・・死ぬ筈だった男に、そう仕向けた者がお訊きになられますか」
「中々、辛辣だね」
「・・・貴方が思っている以上に、私は臆病で意地汚く、しぶとかった。
ただそれだけの話です」
「ふむ」
細く白い煙を吐き出し。
悪名高き局長は、気怠げに目を細めた。
「素直に、私の見通しの甘さを認めよう。
君に対する評価を、大幅に改めようじゃないか」
「それはそれは。光栄の至りでありますな」
「───私の下で働くつもりは、あるかね」
「お断りします。
どれほどの待遇を与えてくださっても、私の心が満たされる事はありません。
たとえ、貴方より上の地位に就けたとしても」
「”野心の問題ではない”、と?」
「いいえ。『野心』ならば、掃いて捨てるほどありますとも。
そして、『責任』も」
「地上で待っている、10名の事かね」
「・・・私は、エリートだ。
それを果たすから、『真のエリート』なのだ!
誰よりも!!
貴方よりもだ!!」
「──────」
「憲兵隊を呼ぶなら、呼ぶがいい!!
この命尽きるまで、抵抗してやる!!
いや、その前に貴様を!!
私を《捨て駒》にしてくれやがった、貴様をッ!!」
激情のまま長官の胸倉を掴み、拳を振り上げたが。
呆気なく振り払われ、とん、と後ろに押されて退がった。
咥え煙草の灰すら、落ちはしなかった。
それでも、再度突進しようとした、その時。
長官が、静かに左袖をたくし上げた。
───その内肘より少し、下のほうにあったのは。
───《空洞》は。
「・・・イ、イスランデル長官!?
貴方はッ!!どうしてッ!?」
「───行け、フォンダイト」
「!?」
「お前の懐に入っている物に関して、24時間だけ黙っておく。
早く行け。
───二度と、天界へは戻ってくるな」
長官の掌の中、吸殻が握り潰され。
そして、かき消える。
呆然と立ち尽くす私の横を、静かに。
まるで先程の硬骨魚のように、物言わぬ男が通り過ぎた。




