364話 苦痛実験 04
「ブライトン」
「───何だ」
「信仰の道を棄てたのなら。
せめてこの世で、精一杯の幸せを掴めよ?」
別に、上から目線って訳じゃあない。
袂を分かった元同僚への、最後の優しさみたいなもんだ。
「──────」
「それと。
そこにいる、《カトリックとは関係無い『天使』》。
あんたは嘘を付いていないかもしれないが、悪意はあっただろう?
当たり前の事実を、『受け入れられないだろう相手』を選んで告げた。
その根性の悪さは、僕以上だよ。
くたばれ、クソ野郎め」
「──────」
「だけど。
全ての責任は、ブライトンにある。
弱かったのは、屈したのは、ブライトン・バルマーだ」
「───ッッ!!」
真っ直ぐに。
銃口が、僕に向けられた。
ようやく昇った朝日が、ギラリとそれを輝かせていた。
(クライマン。奴が撃っても、何もするなよ)
”・・・ええ〜〜?”
(たとえ心臓をブチ抜くコースでも、放っておいてくれ)
”・・・困るんだけどぉ、それ・・・”
(困ってもだ。これが、僕の《信仰》だ)
「この世で一番許せないのが僕なら、引き金を引けばいい。
けれど、その後で。
しっかりと幸せになってくれよな?」
「───!!───」
長い長い、時間をかけて。
ブライトンの表情が憎悪から、迷いへ。
そして最後に『無』へと変わってゆき。
銃を持つ手が、だらりと下げられた。
「それじゃあな・・・帰って、報告書を書く」
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茫然自失なブライトン・バルマーの横で。
私は、片手を上げて去って行く男の背中を見つめていた。
・・・ふむ。
予想外の、多少は面白い展開だった。
見えなくても私が何であるかを、言い当て。
動揺するどころか、『真っ向無視』で自論を展開してゆき。
最後の口上はまあ、声をやや震わせてはいたが。
中々の度胸だと認めよう。
胸の内で、拍手を贈ろうではないか。
───人間に、天使は見えない。
見えるような者は、『出荷前』に弾かれる。
そこを摺り抜けてしまっても、専門の部隊が見つけ出し、処理する。
確実にだ。
今回、私が行った実験は。
意図的に《8番の傷口》をこじ開け、天使が見えるようにすること。
宗教関係者に『天使とは何か』を教えて、その行動を記録すること。
こんな実験が何の役に立つかは、私が考えるところではない。
上司から命令され、その部下として実行しただけ。
正しいか、正しくないかも関係無い。
そんな事を気にし始めたら、キリが無い。
《神》の正しさを疑うつもりはなくとも。
《天使》の正しさを証明する術は、世界のどこにも無いのだから。
───放心し、固まったままのブライトン・バルマー。
───その頭部に、左手で触れた。
「え」
瞬時に、《8番》を縫合処理する。
これでもう、彼には私が知覚出来ない。
「え」
不運な男だ。
記憶を消す必要は無い。
この男が何を喋ろうが、誰もそれを信じない。
更に私の予想では、48時間以内に自死を選択する筈。
もしも彼に。
『自分自身の聖書』とやらがあったなら、そうならずに済んだかもしれないが。
不運な男だ、本当に。
そして、さようなら───
ネイテンスキィ・リッド・カーノンは、ゆっくりと空へ舞い上がった。
冷たい風の中、人間達の新たな一日が始まり。
実験は、滞り無く終了した。




