362話 苦痛実験 02
───アメリカ、カンザス州アレクサンドリア。
ブライトンが指定してきた、『ここ』は。
完全に嫌がらせだ。
たとえ、本人には少しもその気が無かったにせよ。
何せ、僕の『地元』である。
幼少の頃より数々の忘れたい思い出が満載な、地獄のような街。
今なお実家があって家族が暮らしている、呪われしマイホームタウン。
ブラブラ歩いてたらどこで昔の知り合いと出会うか、わかったもんじゃない。
妹なんかに遭遇した日には、魂が擦り切れるまで罵倒されるだろう。
絶対に、何があってもサングラスを外してはならない。
おまけに住民の多くがキリスト教徒とはいえ、プロテスタントだ。
カトリックは微妙に、肩身が狭い。
他にも『キリスト教っぽい』、特殊な宗教が幾つか存在するし。
大体なぁ。
アレクサンドリアって名前からして、イケてないんだよ。
同一の地名が世界各地に溢れ返り、アメリカだけでも18箇所あるんだぞ?
”何処の出身か”と訊かれても、カンザスとまでしか言いたくないよ。
───ブライトン・バルマーは、さほど警戒していないのか。
彼の最後の任務地となったこの地から、移動した形跡が無い。
豚野郎に”辞めます”と電話したのも、出頭を拒否したのも、此処からだ。
そりゃあさ。
如何に特務員と言えど、辞めるだけで秘匿部隊が送り込まれる訳じゃあない。
強制的な連行もないだろう。
だからって普通、場所くらいは変えないか?
僕と違ってここに実家があるでもないのに、えらく長い滞在だな。
目を引くような観光スポットなんて皆無だぞ?
ただ、指令書には、奴がここでどんな任務をしたのかが明記されていない。
カルト集団でもいた、ってのか?
こんな平和ボケした街に?
悪く言えば、住民の知能指数が著しく低い田舎で。
更に悪く言うと、頑固で『集団イジメ』が大好きな、クソ野郎共の巣窟で。
一体、どんな任務が行われたってのかねぇ?
ああ、家族の心配なんて、爪の先程もしちゃいないけどさ!
───10月最後の日曜日。
───日の出もまだの、朝7時。
ホテルから出れば、えらくまた冷え込んでいる。
霜の降りた薄白い道を、僕は西へ向かって歩き出した。
見事に、誰もいないな。
車だって1台も走っちゃいないぞ。
都会なら、朝早くからでも人の動きはある。
農業地帯なら当然、畑仕事を始めている。
こういう『中途半端な田舎』ほど、早朝は人っ子一人いないもの。
ゴーストタウンかよ、ってくらい、静かで不気味で。
イラっとするほど、懐かしい光景だ。
───20分近く歩いて辿り着いた公園。
約束の10分前だが。
ブライトン・バルマーの姿は、すでにあった。
コートの襟を立て、木製ベンチに座っている。
さぞや暇なんだろうなぁ。
特務、辞めたわけだし。
指名するくらいなら、そっちから会いに来いっての。
「ブライトン」
声を掛けると、奴は顔をこちらに向けて。
それから、はっきりと分かるほど落胆の色を浮かべ、立ち上がった。
「やあ、マーカス」
「呼んでおいて、嫌そうな顔するなよ」
「───ああ───”君なら、もしかして”、と思っていたんだが」
「何の事だ」
「───じゃあ、一応聞くが。
私の隣に、何が見える?」
「・・・は?」
隣?
隣って、そこには空気しかないだろ?
馬鹿か??
「・・・いや、何も見えないが・・・」
「そうか」
(───なあ、クライマン。あの男の横に、何かあるのか?)
ロザリオの中の『中年男』に、精神接続で呼び掛ける。
クライマンというのは勿論、中年悪魔の真名ではない。
いつも泣いてるから付けてやった、会心の仇名だ。
”・・・いるけどぉ・・・見えないほうがいいよおぉ・・・”
相変わらず、しくしくと泣き濡れる汚い声。
ん?
待てよ。
今、『いる』って言ったか?
『ある』じゃなく?
つまり、ブライトンの側には、物体ではなくて。
『誰か』がいるんだな?
そして、それは《見えないほうがいい》?
───僕にとって《見えないほうがいい》存在といえば。
───まあ、思い当たるものはあるな。
ただ単に「何も見えない」で通せばいいのだろうけど。
疲れ切った感じで俯くブライトンの。
だが僅かに、「見えない」と言った僕を馬鹿にした表情が、癇に障り。
つい、口走ってしまった。
「・・・見えないが、分かるぞ」
「何??」
「見えなくても、それが何なのかは分かる」
「───じゃあ、言ってくれよ」
あからさまに、期待していないのが透けて見える苦笑。
何だ、こいつ。
悲劇の主人公でも気取ってるのか?
自分で仕事を辞めておいて、”誰にもボクを救えはしない”的な??
こっちはな、任務で来てんだよ。
その指令書に、お前を慰めてやれ、とは書かれてないんだよ。
あとなぁ。
残念ながら、『背の高い眼鏡野郎は、勝手に自滅する』。
これ、日本のアニメだと常識だからな?
よし、見事に当ててやるさ!
ズバっと一発で!
お前の隣でニヤけてるだろう、『そいつ』の正体をな!!




