361話 苦痛実験 01
【苦痛実験】
「はっはっは!
いやぁ本日も、丁寧に筋切りして塩胡椒したい感じですね!」
「それは、遠回しに私を侮辱しているのかな?」
「・・・・・・豚め」
「直球を投げろ、とも言ってないよ?」
全く効いている様子を見せず、お優しい管区大司教が微笑む。
───Fxck!!
こっちは、かなり不機嫌なんだよ。
それを思い切り表情に出してるのに、ビクともしやがらない。
そこらの邪教徒より肚が据わってるな、こいつ!
それとも、付き合いが長すぎて慣れたのか?
───馬鹿みたいに高難易度な任務が続いている。
公立高校の教職員、ほぼ全てを入信させた《終末系カルト》。
宇宙人と交信していた筈なのに、いつの間にか生贄をやりだした《SF同好会》。
人種差別と暴力を”神から与えられた使命”と称し、村を襲う《白人主義集団》。
ドラム缶に詰め込まれ、海に捨てられそうになったり。
電極のコードを体に巻かれて監禁され、”宇宙船に乗せろ”と恫喝されたり。
途中で死んだリーダーの代わりに組織を率いて、保安官と戦闘になりかけたり。
───これ、単独でやるような仕事じゃないだろ?
───そりゃもう、豚を豚呼ばわりしたくもなるっての!
「さて、それで??
今度はどんな、ビックリドッキリ大作戦をやらされるんですかね?」
「ええとだね。
どちらかと言えば、今回ビックリドッキリしたのは、私のほうなんだけども」
「へぇ」
「『特務』から一名、抜けることになってね」
「・・・殉教、ではなく?」
「それならば、そうと言うさ」
「どうやったら特務を抜けられるのか、是非教えてほしいんですが」
「そりゃ簡単だよ、君。
カトリックの信徒をやめればいいだけだ」
「・・・特務から、そんな奴が出たんですか?」
「ああ。中世あたりの頃とは違い、現代では『信教の自由』がある。
信仰を捨てようと、他教へ改宗しようと、それは認められるよ」
組んでいた指を解き。
ベリーリ管区大司教が、カツ、カツとテーブルを叩く音。
「ただし、それは『一般的な信徒』の場合だね。
特務従事者が電話一本で”明日からもう働きません”、とはいかない」
「まあ、色々と《知り過ぎて》ますからね」
「出頭して説明するよう促したが、拒絶された」
「僕がそいつだったとしても、拒否しますよ。
カトリックが嫌になってやめるのに、話し合いなんかしたくないでしょう」
「だからね、それじゃあ済まないんだよ、マーカス君」
「僕にどうしろと?
ていうか、何でまた僕に押し付けるんですかね、この話」
「引き止める必要は無いが、最低限の経緯は聞き出してほしい。
君である理由は、向こうが君かシンイチローを、と指名してきたからさ」
「じゃあ、シンイチローで」
「彼は今、イスラム圏を4箇所回っているよ」
「・・・・・・」
うへぇ。
シンなら無事クリアするだろう、とは思うが。
大学の講義とかは大丈夫なのか?
そっちのほうが心配だな。
「・・・指令書」
「はい、これね」
「・・・ブライトン・バルマー?あんまり知らない奴ですね。
一度だけ、組んだ事はありますけど」
「可能な限り、君とは絡ませないようにしていたからね。
彼、ヴァチカンの某派閥から潜り込んできたスパイだし」
「ちょっ!!やめてくださいよ!
そんな裏話、知りたくもない!」
「───君の《特殊な事情》は漏らしていないよね?」
「勿論」
「直感的なもので、君に関して何か気付いたのかな?
優秀な特務員だったからね、彼は」
「過去形ですか」
「本人が教会の屋根から出たがっている以上はね。
まあ、これから数年は監視が付くだろうけれども。
それは別の部門が担当だ」
かかる経費も、以降は担当部門が持つんだろ。
とにかく《特務》としては、この『離脱者』をさっさとブン投げたいわけだ。
出頭させないまま、一応の『調書』は作成したという形で。
1秒でも早く今のブライトンへの監視体制を解き、金を節約したい、と。
しかも、奴を送り込んできた派閥とも、円満に繋がりが切れる。
豚が妙に御機嫌な理由は、これか。
「じゃあ頼んだよ、マーカス君!」
「・・・今回だけは、銃の所持を認めてもらえませんかね?」
「いや、駄目だねぇ」
くっそぉ!
あっちは絶対、持ってやがるぞ。
もう『特務員』じゃないから、服務規定なんて関係無しだもんな。
ブライトンがカトリックの信徒をやめる理由は、さっぱり分からないが。
せめて、”関係者を恨んでいる”とかはナシにしてくれよ!?




