360話 Last Curse 04
「レンダリアはね、あたし自身なんだ」
少しだけ柔らかい表情、穏やかな声で、アニーは言った。
「憎しみの汚泥にどっぷり浸かり、呪いの言葉しか吐かない、この婆ぁの。
ほんの僅かに残った良心。
最後の希望。
『一番綺麗な部分のあたし』、それがレンダリアさ」
「──────アレで??」
「じゃかあしいわッ、ボケえぇッッ!!!」
ダン!!、とテーブルが叩かれた。
うおっ!!
マジで飛び上がりそうになった!
人間なら今ので、心臓が止まるぞ!
「す、すまん!」
「・・・よくある話だけどさ。
いつの間にか90を越えて、残された時間は少ないと気付いて。
自分の人生を振り返ったんだよ。
大抵の苛立ちや腹が立つ事は、詩を書き殴って収めてきたつもりだけど。
やっぱりさ。
あるんだよ、あたしにも。
どうにもやり切れない、『心残り』ってやつが」
「──────」
「20年前。
あたしは、恋に落ちた。
70だから、まあまあの婆ぁだ。相手も同じくらいの爺ぃだ。
とにかくさ、凄くいい男だったよ。
アンタよりずっと、格好良かったね」
「何だと!?
アニー!そいつは、とんでもなくいい男だぞ!?」
「だから、そう言ってんだろが」
「どんな奴だ!?」
「・・・絵描きさ。トランク1つで、街から街へ。
良く言や、自由で。悪く言うなら、人をくったような迷惑な奴さ」
んん?
爺ぃで、絵描きで、トランク?
人をくったような??
───いや、それは。
どう考えても、アイツじゃあ。
「なあ、ひょっとして───その爺ぃは、猫を連れていたか?」
「いたよ、黒猫が・・・ああ、それ以上は言わなくていい。
あいつの事を知ってても、何も言うんじゃないよ。
何処で何やってようが、別に構やしないんだ」
「お、おう」
「あの日。
いっとうの服を着て、いっとうの化粧をして。
クッキーだって沢山焼いて、持って行ったんだよ。
そして、シャーシャー威嚇する猫をなだめながら、告白して。
とことん・・・これっぽっちも、相手にされなかった。
あんの、クソ爺ぃがッ!!
何度思い出しても、地表が煮えくり返るッ!!」
「アニー。煮えくり返るのは普通、『腹わた』だ。
『地表』が煮えると、地球が危ない」
「それくらい言ってもいいんだよ、詩人はッ!!」
いや、駄目だからな!?
アニーだと洒落で済まない。
特級の《Curse Maker》には、口から出す言葉に気を付けてほしい。
下手すりゃ、地球温暖化の犯人に仕立て上げられるぞ?
「・・・いいさね。諦めてやる。
ふられた女は、潔く引いてやるよ。
けどね。
その代わりに、惚れさせてやるんだ」
「え?」
「あの爺ぃ!絶対、レンダリアに惚れせてやる!
いっとう可憐で、いっとう可愛いあたしである、レンダリアに!
心の底から惚れさせて。
絵描きなんて出来ないくらい、骨抜きにしてやる!
ただの馬鹿になって。
ぐずぐずに溶けて。
全部捧げて。
最終話で何もかも失って、泣き喚けばいい!
幻に惚れて、幻にふられるがいいさ!
その為に、その為だけにあたしは、あの脚本を書いたんだ!
レンダリアこそ渾身の、我が人生最大の『呪い』なのさ!!」
「──────」
おい。
それ、本気で───言ってるんだろうな、きっと。
世界中の視聴者様を巻き込んで、何してんだよ。
爺ぃと直接、メールとかで遣り取りしてくれよ。
心配して会いに来たが。
とんでもない秘密を知ってしまったぞ。
実のところ、少し。
少しだけ、”レンダリアいいよな”、とか思ってたのに!
来週からどんな気持ちでドラマを観りゃいいんだ?
これはもう、今すぐにやっておくべきか?
右回りに、3回転───
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スリルとサスペンスに満ちた、おどろおどろしい宇宙的恐怖。
即ち、アニー・メリクセンの詩。
その最新作を読ませてもらいながら、俺は『別の意味で』冷や汗を流していた。
───彼女の身を守る為、《防壁系》の魔法を使ってみたのだが。
───掛からない。
少しも固定化出来ない。
摩擦ゼロの床には誰も立てないのと同じで、魔法が『滑る』。
どれだけ重ねようとしても、全部つるり、と剥がれ落ちてしまう。
デタラメな人間もいたもんだよ、まったく!
絵描きの爺ぃといい、アニーといい!
爺ぃは、解析不能な《魔法と法術の複合式》で弾いてしまうのだが。
彼女の場合は、《受け付けない》。
自分の『作成したルール以外』を、完全に拒絶してしまっている。
たとえ『有益なもの』であろうとも、一律に。
何せそのルールこそが彼女自身だ。
頑固極まりないのも、当然と言えば当然か。
───それならば、と今度は魔法を掛ける対象を『家』にしてみたのだが。
───結果は全く同じだった。
ようし、分かった!
自分は遠くにいて魔法で自動的にアニーを守る、というのが駄目なんだよ!
この周辺に悪意を持つ誰かが入ったら、俺のほうに警報が届き。
そしたらすぐに、駆け付けて対処する。
これだよ!
───俺は。
───鳴りっぱなしの『警報』を、どうやっても止められなかった。
そりゃあな。
とびきりの『悪意を持つ誰か』が、目の前にいるもんな。
そこに反応して当然だよな。
うん。
情け無いが、帰ったらマギルに相談しよう───
ぱらり、と捲ったページ、『詩』の中。
現金での支払いに嫌な顔をする若い店員に、彼女は。
人類の1/4が息絶える規模の《天変地異》を起こそうとしていた。
本当に。
昨今の自然災害の原因は、アニーであるような気が。




