358話 Last Curse 02
「こんな辺鄙な所まで、何しに来やがったか」
外よりも更に寒い、ダイニング。
湯気の立つマグカップを小さなテーブルに置き、彼女は言った。
「何度あたしを口説こうが、無駄なこった。
こう見えて、身持ちが固いんだよ」
「ああ、いや───その───TVのニュースで見たからさ。
《殺害予告》されてる、っていうじゃねぇか」
「はん!あんなもの、何だってんだい。
死にかけの婆ぁにとっちゃ、屁でもないね!」
「そっちは平気でも、俺の胃が痛むんだよ」
「ふん」
「なあ、アニー。どうして名乗っちまったんだ?
別名義のまま突き通せば、こんな事にはならなかったのに」
「騒ぎ立ててる連中なんて、口だけだよ。
あたしを本当に殺したい奴は、黙ったまま殺すさ。
それか、殺した後で声明を出す」
破壊の詩人、アニー・メリクセンは。
まるで他人事のように、しかし、憎悪にまみれた口調で嘯いた。
「こんなボロ家、爆弾で吹き飛ばすまでもない。
そもそも、殴りゃ一発でくたばる婆ぁだよ」
「だから、それが俺の胃に来るんだっての!
元々、連中の矛先は制作会社だったろう?
そりゃ、《本社爆破》だの《社長を殺す》だの、色々と吠えてたが。
会社のほうだって馬鹿じゃない、セキュリティくらい雇う。
自分達の身を守れるだけの金だって持ってる。
わざわざアニーが『的』にならなくったって」
「あん?誰が『的』だって?」
泥のように濁った声が、俺の言葉を遮る。
「あたしゃ、『The Pain of Dry Bones』の脚本を書いたけどさ。
1ドルも貰っちゃないよ。
報酬の受け取りを拒否したからね」
「は??」
「金があったって、何に使うんだい?
今更欲しい物も無いし。
極上のステーキを食ったって、消化出来るような年齢でもないんだ。
けれどね。
”殺す”だの”燃やす”だのは、あたしの『取り分』だ」
「───『取り分』??」
「ああ、そうさ。
あたしの書いた作品を誰が気に入ろうが、気に入るまいが。
愛そうが、憎もうが。
その誰かの感情はみんな、作者のモンだ。
あたしだけの、『正当な取り分』さ。
だから、記者会見を開いて、脚本を書いたのがあたしだとバラしたんだよ」
「──────」
これまでの付き合いで、薄々分かってはいたが。
アニーは、無意識な《呪術師》だ。
現代における、トップクラスの《Curse Maker》だ。
たとえ、生まれつきの特殊な能力など無くても。
魔法を使う事が不可能な、人間であっても。
───なろうとすればなれるのが、《Curse Maker》。
正式なやり方や呪文、秘密の図形なんてありはしない。
必要が無い。
ただ1つだけ重要なのは、『ルールを作って守ること』。
出掛ける前に、ぱん、と1度手を打つ。
嫌な事を忘れたい時、右回りに3回転する。
他人には理解不能の、思わず笑ってしまうようなルールでも構わない。
一旦それを決めたら、後はひたすら守る。
来る日も来る日も、愚直なまでに繰り返す。
それこそが、『呪い』の蓄積。
『呪詛』と呼ばれるモノの、本質。
アニー・メリクセンは、『自分のルール』を決して破らなかった。
それどころか《詩》という形で日々、刻み続け。
予期せずデビューし、ベストセラー作家となり。
その上、何故か超人気ドラマの脚本まで手掛けた。
誇張無しに、世界的影響力を持つまでに至った。
この世に生を受けて物心がついてから、92歳の現在に至るまで。
思考と行動の1つ1つに独自のルールを設け、守り通してきた彼女は。
もはや悪魔の力をもってしても干渉出来ない、特級の《Curse Maker》だった。
それを本人が、少しも自覚しないまま。




