34話 無限の国 13
───どろり。
炎に炙られた、蝋のように。
覚醒に押し流される、夢のように。
カードを載せたテーブルが、ゆっくりと溶け崩れる。
「・・・あ?」
───どろり。
壁時計が。
恐竜の化石が。
呆然とそれを眺めている老人の、腰掛けていた革張り椅子も。
「ぬあっ!? いかんっ!!
こりゃいかんっ!!」
慌てて飛びすさる老人。
その姿勢が、瞬く間に床へ着く程、低くなってゆく。
ぎりぎり、みちみちと、骨肉が軋む不快な音。
関節の可動範囲、方向が人間のそれを越えて。
もはや蜘蛛に近い形態で、這いつくばった。
「ルクレチア!!」
老人が叫ぶと。
弾丸が弾けるような動きで、黒猫が老人の背のトランクケースに飛び乗る。
「おさらばじゃ!!泥棒諸君!!」
「逃がすかッ!!」
「──────!!」
すかさず青い雷光が走り、老人を追う。
幾つもの黒い手が、床から伸びて行く手を阻み。
脚を捕らえようとする。
だが。
その全てを、からくも躱しきり、跳躍する老人。
飛び込んだ先は・・・絵の中。
頭から吸い込まれるように、ずるん、と。
たちまちに消失した。
「くそっ!・・・やられたっ!!」
ダンッ!!
激しく拳で叩かれた絵は、微動だにせず。
その中で『こちら』に振り返った老人が、べえ、と舌を出す。
そして、ゆっくりと絵は無着色のカンバスへと戻っていった───。
「逃して悔しいのと、もうあの面を見なくていい安心感と・・・。
何とも言えねぇ気持ちだ・・・」
「ええ。同感ですね」
「あの───でも」
小さく響いた、反論の声。
「頑固ですが、優しい人ですよね」
「・・・どこがだ?」
「───ほら」
天使が。
床に落ちて散らばったカードの中から、一枚の紙片を拾い上げる。
そこに記されていたのは・・・
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”『月に吠える獣』の著作権を、完全に放棄する。
今後、いかなる者が、いかなるようにその続作を表現しようと、関与しない。
ルーベル・レイサンダー ”




