355話 Full Boost、愛の歌 05
───それは、奇襲ではなかった。
鬱蒼と茂る森。
真夜中。
仕掛けるなら地の利と夜目を活かす筈の、連中が。
明からさまに堂々と、真正面からやって来る。
張っていた《警戒線》を越え、真っ直ぐに突き進んで来る。
───それは断じて、奇襲ではなかった。
───真当な戦術とすら呼べぬ、出鱈目な進軍だった。
遠方から迫るそれに気付けた理由は、音だ。
抑揚のある音。
なにがしかの『歌』。
連中が、こちらへやって来る。
地を這うような低い体勢の、疾走。
速い。
何の冗談かと思うほど、凄まじい速度で接近して来る。
50メートル先で、警戒担当の1名が法術を放ち。
その一撃が『消失して』、部下がボーリングのピンのように跳ね飛ばされ。
フォンダイトはすぐさま、己が見た事実を『異変』として認識した。
”何故か”、と理由を考えるよりも先。
本能が鋭く、最大級の警告を発していた。
「総員ッ、『対物理障壁』展開ッ!!」
叫ぶのと敵が飛び込んで来たのは、ほぼ同時。
「ごぱあっ!?」
すぐ隣の部下が、体をくの字に折って『浮いた』。
いつの間にかそこに居た、耳長の女。
まだ幼さの残る娘の体勢は、まさにゴルフスイング。
そして、握り締めた『杖』が即座に反転し。
「ぼぐうっ!」
部下は後頭部を痛打され、地へ沈んだ。
”今日も一日、頑張ろうー♪”
”笑顔溢れる、仲間達ー♪”
にっこりと笑い、唄いながら。
別の耳長が、杖を振るい。
「ぶげっ!?」
それはただ一撃で『障壁』をブチ破り、フォンダイトの顔面にめり込む。
”豊かな自然と、共にゆくー♪”
”森の優しき、守り手がー♪”
「べごっ!!───げぶっ!!───ごげえっ!!」
優しさの欠片も無い打撃が、咄嗟に上げた左腕の骨を粉砕し。
転倒した所に追撃が打ち込まれる。
殴打に次ぐ、殴打。
一分の隙も無い。
血走った目で笑い、唄い続ける《ケダモノ》達。
”風と大地の、精霊よー♪”
”炎と水の、精霊よー♪”
「おがっ!!───あぶっ!!───ごええっ!!」
痛い!!、痛い!!、痛い!!
これ、少しも精霊、関係無いだろう!?
”アイアイアイアイ、愛してるーー♪”
”アイアイアイアイ、愛してるーー♪”
いや、何を愛してるんだ!?
『暴力』かッ!?
下生えを転がり、のたうち回って回避しながらも、周囲を見れば。
部下達は皆、打ち倒され、引きずり倒され。
マウントポジションをとられ。
等しく殴られていた。
硬い、硬い、木の杖で。
肋を折られ、肩を砕かれていた。
(これは駄目だ───死ぬ!!)
(こんな連中、どうやっても無理だ!!)
炎も風も効かない。
雷撃も氷撃も、通じない。
全ての《攻性法術》が、奇怪な歌によって無効化されてしまう。
その上で、この打撃だ。
笑顔を浮かべて、杖を振り上げ。
執拗に、念入りに、僅かな容赦も無く殴り続けてくる。
対抗する手立てなど、あるものか。
こいつら、正真正銘の《蛮族》だ!
「───総員、退却ッ!!退却しろッ!!」
殴られ過ぎて痙攣している部下から、耳長を引き剥がす。
代わりに自分は、首が真後ろに回るほど、杖で振り抜かれたが。
それでも何とか、救出が間に合った。
「退却だッ!!───絶対に飛行するなッ!!
走れッ!!とにかく走れッ!!」
耳長にとって木登りは、それこそ『伝統芸』。
飛んで逃げようにも上空へ上がりきる前に、確実に落とされるだろう。
そうなればもう、逃走する為の力さえ尽きてしまう。
そして奴等に、死ぬまで殴られ続けて終わりだ。
「逃げろッ!!走れッ!!───森から脱出しろッ!!」
絶叫しながら、脚の折れた部下を背負い。
そのままもう1名を引きずって、フォンダイトは走り始めた。
───後で《総司令》に何を言われようが、ここは逃げるしかない!
───自分が退却させなければ、分隊は全滅する!
「走れッ!!走るんだッ!!───森の出口へ!!」
”アイアイアイアイ、愛してるーー♪”
”アイアイアイアイ、愛してるーー♪”
背後から迫る、耳長達の声。
なんて美しく、おぞましい歌だ。
正気の沙汰ではない。
(愛など要らぬわッ!!)
(こんな地獄に、留まっていられるかッ!!)
───泣きながら、ひたすらに走った。




