353話 Full Boost、愛の歌 03
しん、と。
本当に、微かな物音さえも無くなった広場。
その静寂を切り開いたのは、族長。
ガモント・ゴーディエンの言葉。
「・・・大戦後に生まれた者達も、話に聞いたことくらいはあるだろうが。
一応、説明しておこう」
押し黙る者達を見渡し、ゆっくりと指を組みながら彼は続けた。
「このアルヴァレストという男は、ドラゴンだ。
それも、かなり頭の悪い奴でな。
阿呆も阿呆。
2度も『降格』しおったのに、エルフへ肩入れし。
戦後も世界各地での天使との戦いに、何度も乗り込んできたド阿呆よ。
真性の、大馬鹿者よ」
「こやつ、好んでプカプカとタバコを吹かし。
女と見れば即、口説きにかかり。
そのくせ、見た目より意気地の無い、非常に残念なドラゴンで。
言い出したらきかない、頑固者でもある」
ふん、と鼻を鳴らす族長。
その右肩にそっと、光の精霊の一匹がとまった。
「・・・皆、いいか?
この阿呆はな。
本当に来るぞ?
馬鹿正直に『現界』し。
ドラゴンの姿で、オーストラリアまで飛んでくるぞ?
すると、どうなる?
ああ??
我等が勝とうと負けようと、奴は《永久封印》だぞ?
そんな事になったら、エルフの名折れよ。
大恥よ。
祖先に顔向け出来ぬ、とてつもない不名誉だろうが?
ええ??」
集まっているエルフ達から、言葉は返らない。
だが、目の奥には共通の思いを映した光があった。
それを代弁するように。
ガモントの近くでホットドッグを食べていた男が、ぺろりと指を舐め、呟いた。
「・・・こうなったらもう、やりますかね?」
「おうよ。もはや、格好など付けてはおれんわ。
今夜、最終決戦だ」
ガモントも、古株の発言に繋げて言う。
言った。
言い切ってしまった。
族長とて、何もかもの決定権を持つわけではない。
一族の方針は、部族全体で話し合って決めるのが常。
それなのに、衝動的に。
いや。
本当は分かっているのに、言ってしまった。
自分もあのドラゴンに負けず劣らずの、馬鹿者だろう。
「───現時刻をもって全員・・・『精霊魔法の使用を禁ずる』。
弓も無しだ。
その代わりに、《呪歌》を解禁する」
それを聞いた途端。
一同がギラリ、とあやしく目を輝かせ。
どよめきが広場を、風のように響き抜けた。
「それはそうですよ、族長。
唄いながら精霊魔法の詠唱は、出来ませんし」
「大体、あれを唄うと精霊は皆怯えて、逃げていきますからね」
「これは奴等に勝っても、その後が大変ですよ」
古い世代の者達は、苦笑いだ。
「精霊には、土下座して謝罪しよう。
一年かかろうが、二年かかろうが。
昔も、そうやっただろう」
「族長、《唐揚げ弁当》というのも食べていいですか!?」
俄然やる気に満ちてきた、若いエルフの訴え。
「ああ、構わん。他の者も、好きなだけ食べろ。
明日からの事は、一切気にしなくて良い」
何故ならば、今夜の戦いで完全に決着が着き。
天使は全て、森からいなくなる。
オーストラリアの封鎖も解除される。
支援物資など幾らでも、簡単に届くようになるのだから。
「《呪歌》までやる以上、少しの出し惜しみも無しだ。
今回のコンテナにも入っていたが、これまで溜めておいた《秘薬》を使おう。
全員、ありったけ飲んでから出陣せよ」
「ま、まさか!?」
「そう───《えなじー系・炭酸飲料》だ」
「私は2年ほど前に、自動販売機で買いましたが。
あれはこう、何というか、癖になりますなぁ」
「そうじゃろう、そうじゃろうとも」
ガモント・ゴーディエンは、目を細めて。
それから、棒状のサラダチキンを食い千切り。
「我ら、古より極力、ケミカルフリー。
ナチュラルなスローライフに徹してきた、エルフの鑑だからな。
───その分、『ビンビンに効く』ぞぉ?」
ニタリ、と。
獲物を狙う獣のように、笑った。




