347話 気遣う 02
「───その《地獄》っていうのは、何かの比喩表現か?
それとも、マジなほうか?」
「多分、マジなほうだな」
ぎこちなく固い笑みを浮かべて、キースがまたタバコを一口。
俺も新しいものに火を付ける。
「ゾアンレード、とかいう地名らしいぜ」
「──────」
『葬送高原』か。
人間が知っている筈がない名称だぞ?
これは大マジのほう、確定だ。
「先日、そこへ『御招待』されてだな。
俺は・・・消防署よりデカい蜘蛛達、9匹に囲まれたんだ」
「蜘蛛??」
「ああ。脚が14本ある、『上等な蜘蛛』だ。
本当に14本なのかは、数える暇も無かったけどな」
「──────」
「俺はその9匹に、バレーボールみたく打ち上げられたり。
サッカーボールみたく蹴り上げられり。
ラグビーボールみたくパス回しされたり。
そりゃもう、散々に弄ばれてだな。
挙げ句、巨大な『巣』に貼り付けられて・・・俺は・・・」
「おい、キース」
「ああ・・・俺は・・・。
誰が卵を産み付けるか、っていう・・・言い争いを聞きながら・・・」
「しっかりしろ、キース!」
「大丈夫さ・・・大丈夫だよ、社長」
もうはっきりと体を震わせ、ボタボタと汗を落としながら笑うキース。
「これは、社長だけに・・・社長が相手だからこそ、言うんだけどよ・・・」
「お、おう」
「俺は・・・泣いたんだよ。
いい年齢こいてさ。
怖くて怖くて、泣いたんだよ。
こんな訳の分からない場所で、理不尽で圧倒的な暴力に屈して死ぬのか、と。
『卵』とやらを産み付けられて、そこから孵ったモノに体を喰い破られて。
その痛みに悶えながら死んでゆく運命なのか、って」
「──────」
「”どうしてこんな事になっちまったんだ”。
”こんなんだったら、生まれてきたくなかった”。
そう思いながら、ただただ泣いていたらさ。
俺の体が、なんかこう・・・変わり始めたんだ」
「え??」
「腕の形が変形してさ。ウロコがびっしりと生えてきて。
それだけじゃあないぜ?
体のサイズ自体が、どんどん大きくなってきて」
「!!お前、まさか!?」
「・・・ああ。《ドラゴン》だよ。
《ドラゴン》以外の、何モンでもねぇよ、あれは。
そんで、俺は。
無我夢中で吠えたんだ。
そしたら喉の奥から何か、熱い塊みたいなのが上がってきて。
火炎放射器みたいに、炎が吹き出てさ」
「竜息まで───」
「たちまち、連中の『巣』が燃え始めて。大騒ぎになって。
それでやっと俺は、”どうぞお帰りください”、ってなったのさ」
「それは───」
「どうだい、社長・・・納得出来たかい?
俺はもうアンタの事、一切合切、何一つ疑わねぇよ。
ドラゴンの血に、感謝しかねぇんだよ。
心の底から・・・これが俺の本心だよ」
「───ああ、分かった。分かったよ、キース。
良く話してくれた」
そう告げた途端。
糸の切れた舞台人形のように、キースの体から力が抜け。
ぼすん、とソファの背もたれに沈み込んだ。
涙が一筋、その頬を濡らしていた。
「そりゃあ、こんな痩せかたもするだろうな。
本来お前の血は薄すぎて、ドラゴンの姿にはなれないんだ。
とんでもない負担が、今のお前に返ってきてるんだよ」
「ドラゴンになれない、って・・・いや、なれたから助かったんだが?」
「それは、限界までの恐怖やら、生命の危機やらがあったのと。
《地獄》の魔素───瘴気みたいなモノのせいだろうな。
人間の世界で普通に暮らしてりゃ、二度と起こらない。
『奇跡』だ」
「へぇ・・・そうなのか?
まあ、街中であの姿になっちまったら、怪獣映画だもんな」
「お前は、”ドラゴンの血に感謝する”と言ったが。
俺も、お前の中に流れるドラゴンの血に、感謝している」
「え??」
「───キース。泣いた事を恥じるな。
完全に発狂して当たり前の状況下で、良く堪えた。
良くぞ、生き残ってくれた。
俺はこれからお前の事を、けっして『半端者』呼ばわりしない。
一匹の、純然たるドラゴンとして扱う事を約束する」
「・・・・・・」
「とにかく、その疲弊しきった体を元に戻さないとな。
混じっているのが───『普通のドラゴンの血』じゃなくて、良かった。
俺の───その、『俺の血』でなかったら。
お前は人間に戻った瞬間、衰弱死している」
「・・・・・・」
「今日から1ヶ月は、3食全部ウチで食え。
ちょっとやそっとじゃ、その体は元に戻らんぞ?
これ以上は入らない、ってくらいにガッツリ食わねぇと」
「・・・有難うな、バルスト社長」
「いいって。礼も遠慮も要らない。
ああ、1つだけ確認しておきたいんだが」
「うん?」
「『蜘蛛』の数は、9匹で間違い無いな?」
「ああ、確かだ。それを見た時にはまだ俺も、マトモな状態だったからな」
「その内の1匹が、お前を《地獄》へ連れて行った奴で。
元から《地獄》に居たのが、残りの8匹だな?」
「ああ」
「よし───後は、俺のほうで色々とやっておく」
「なあ、その『色々』ってやつは、リンって子に関してだよな?
社長の会社のビジネスパートナーなんだろ?
考え無しにフラフラ連いて行った俺も、悪いんだ。
あんまり事を荒立てねぇように、穏便に」
「心配するな、上手くやる。
ケジメを付けさせた上で、丸く治めるさ」
煮込まれて旨味が抜けた鶏ガラのようなキース。
こいつと『ああだ、こうだ』と言い合い、張り合うのが日常なわけで。
それをこんな有様にしてくれやがった《馬鹿蜘蛛》には、お仕置きが必要だ。
紳士たる俺もなぁ。
怒る時は本当に、怒るんだぞ!




