346話 気遣う 01
【気遣う】
───応接室に、紫煙が漂う。
───異なる香りが混じり合い、広がってゆく。
火口の1つは、俺の口元。
もう1つは、テーブルを挟んで座る男の右手から。
「お前なぁ、またメシをたかりに来たのか?」
「・・・そうじゃねぇよ」
タバコを咥えたキースが目を細め、煙を吐いたが。
その表情は固く凍てついて、何の感情も見えない。
これは。
明らかに、様子がおかしいぞ。
「前に会った時より、随分と痩せたみたいだな。
ちゃんと食ってるのか、キース?」
「・・・ああ」
元々が肥満気味ではない奴が、目に見えて痩せるのはヤバい。
それも、肉が落ちにくい筈の『顔』に現れるのは、相当な事だ。
「お前、本当にどうしたんだ?」
「・・・・・・」
キースが無言のまま、足元のビジネス・トランクを開ける。
「おい、厄介事の持ち込みはお断りだぞ?」
「ああ、違う違う」
取り出し、テーブルの上に置かれたのは。
伝来の妖族の小っこいの───ではなく。
木箱入りの葉巻と、ブランデーの瓶。
どちらもラベルを見ただけで、値段のお高さが分かる代物だ。
「───ちょっと待て。メシの事は冗談みたいなモンだからな?
こんな高級品、お前の給料から出したら」
「こいつは、『メシ代』って訳じゃあない。
それにもう、俺にとっては金の問題でもないんだ」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「・・・これは、《俺の中にドラゴンの血が流れている》ことへの、礼だよ」
「ああ?───『礼』って、いや、何もお前───俺の血と決まったわけじゃ」
「バルスト社長。そういう『建前』は無しだ」
突き出された左の手の平が、俺の言い訳を塞ぐ。
「とにかく、俺はな。
俺がただの人間じゃなく、ドラゴンの血が混じっていることに感謝している」
「『感謝』って」
「ドラゴンじゃなかったら、死んでいた。
他の《何か》でも、駄目だ。
ドラゴン以外だったら、確実に死んでいた」
2本目のタバコに火を付けながら、呟くキース。
その手は、小刻みに震えている。
本人は笑ったつもりなのだろうが、口元を僅かに引きつらせて。
キースは。
大抵の問題を鼻で笑い飛ばせるだけの体力、精神力を備えている。
普通の人間からすれば、『無敵のヒーロー』級。
映画の主人公として出演すれば、やりすぎなくらいの。
その『ヒーロー』が、げっそり痩せて震えて、この有様とは。
いよいよもってこれは、ただ事じゃないぞ。
「一体、何があったんだ?
ちゃんと最初から説明してくれ」
「・・・ああ、そうだな。確かに、そうだ」
深く吸い込んだ煙を、溜息と共に吹き出し。
それから更に一呼吸置いて、言葉が紡がれた。
二度と思い出したくない事を、無理矢理『形』にするように。
そうする事で、自分の体がその恐怖に慣れることを期待するように。
「なあ、バルスト社長。
俺は・・・本物の《地獄》を、見てきたんだよ」




