345話 白昼怪奇 Extra 04
「彼等は、黒紋の修練鬼の、それも上位種である『白銀鱗』。
引く手数多の、エリートだ」
サイドテーブルに置いたコーヒーカップに口を付け、静かな声が続く。
「───それだけならば、配下にはしなかった。
特段の必要性も、興味も感じなかった。
しかし、だ。
彼等は先程言った『一般』の範疇を、大きく超えている。
持って生まれた才覚に甘んじることなく、その先に踏み出している。
交渉においても、戦闘においても。
新たな戦略を産み出し、挑戦し続けている。
───カオルは、悪魔の《位階》について知っているな?」
「はい、大体のところは」
「ブレイキンとエイグラムは、位階持ちではないが。
超短期戦ならば、相手が《位階》の上位陣であろうとも裏をかける。
目的を果たして生還出来るだけの実力を有している。
これは、位階では語れぬ、本当の『強さ』だ。
両名とも一見、脱力したお調子者だ。
しかし、その裏側では、他の悪魔が想像すら出来ない努力をしている。
肉体能力も、思考活動も。
向上の為の努力を惜しまず正しく行える、エリートを超えたエリートだ。
───もし彼等が他所の一派に所属しており、それを目撃したなら。
私は歯軋りし、地団駄を踏んで悔しがるだろう。
”何故、もっと早くにこちらへ引き込めなかったのか”、と。
自らを激しく責め、その一派に嫉妬するだろう」
うわーー!!
すっごい、褒められてる!!
あたし達、『ちょっと歪んだ嗜好』の同志だけどさ。
やっぱりこう、しっかりと丁寧に褒められるのはイイよねーー!
きっと今のマギル講師って、《本音がダダ漏れ》な状態なんだろうなー。
普段だと絶対言わない、心の中に隠してる言葉が素直に出てくる感じ。
視界の隅でちら、とブレイク達を見れば。
顔を紅潮させ、泣いている。
ザ・漢泣き、ってやつ。
そりゃあね、こんなの最高だもん!
良かったね、『お兄ちゃん's』!
「───それ故、多少の盗撮には目を瞑っている」
「「「!?」」」
ああっ!!
途端、顔面が真っ青に!!
白目剥いちゃってるしっ!!
ええと・・・いや、待って!
ひょっとして、あたしが写真データを持ってる事もバレてるの!?
「カオルと最初に会った時は正直、”多少珍しい”という程度の印象だった」
「・・・ハ、ハイ!」
「だが、回を重ねる内、個別指導を行ってゆく内に。
少しずつ、単純な興味ではなく、面白さや充実感を覚えるようになった。
私がもし、人間だったら。
カオルとして生まれてきたならば、どうするか。
そう考えると。
まるで自分の事のように、応援したくなったのだ。
毎回の講義後の『手合わせ』や、今日のようなコードレビューが楽しみで。
成長してゆく様を見るのが、嬉しくて。
お前がもっと幼く、身寄りが無かったならば。
私の子として育てたかった、と思うくらいだ」
お・・・
お母さんッ!?
そんなプレイも、アリなんですか!?
あたし、覚醒めますよ、マギル講師ッ!?
そういう方向だって全然、イケますよッ!?
「私の毎日は、充実している。
幸せな悪魔だな───私は───しあわ───せ、な」
あれ?
講師の『揺れ』が大きく・・・
うわっ!
ちょっと、ちょっと!!
こっちに倒れてッ!!
講師ッ!!
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───時刻は、14:33。
───夕食が出来て呼ばれるまで、およそ4時間。
───本日の午後の予定は、取り敢えず『全キャンセル』だ。
気を効かせ、帰ってくれた『お兄ちゃん's』。
あたしは今。
自室で『人類を破滅させるクッション Extra Plus』に、深く沈み込んでいる。
マギル講師を、抱き抱えた姿勢で。
くうー、くうー、と深く甘やかな呼吸が、耳元を擽り。
体は完全に、密着状態。
私が抱き締めているというより、抱き締められている感じ。
こんなの。
こんなのは、もうね。
『あたしのような健全な女子』には、極上の拷問なんですよッ!!
少しでも気を抜いたら、絶頂モノなんですって!!
───けれど、ごく自然な生理反応に身を任せてはいけない。
快感を堪えることでしか得られぬ、別の快感も存在するのだから!
こういう時に役立つのは。
“1より大きい自然数のうち、1とその数でしか割り切れない数字”。
紀元前1600年頃には、存在が知られ。
後にユークリッドによってその性質が証明された、”素数”。
これを数え続ける事こそ、我が『生命線』だ。
きっと、あたしの瞳孔は開きっ放し。
誰がどう見たって、『ガン決まり』状態だろう。
───マギル講師は、いつ起きるのか。
───そのあと、あたしはどうなってしまうのか。
恐ろしくて、気持ちイイ!!
これはもう、恐怖と快楽に挟まれた《耐久レース》だよねッ!!




