341話 白昼怪奇 04
───バンッ!!
───バゴンッ!!───バンッ!!
「ひいッ!!
せッ、先生ッ!・・・上!!・・・上に『何か』いるッ!!」
「そうだねぇ」
天板を叩く音は尚も続き、その間隔も次第に短くなってゆく。
いや、凄いね。
もうアレだ、和太鼓を乱打してる感じ?
閉鎖的状況と相まって、これは精神的に『削られる』なぁ。
───バキンッ!!
おおっと。
ついに撓んだ天板が突き破られ、『手』が入ってきた。
「ひいあああああッ!!!
先生!!スピード上げてッ!!
蛇行してッ!!振り落としてッ!!」
「いや、そんな事は出来ないよ。道交法に違反するでしょ」
「先生ッ!!」
よし、対向車が2台とも行き過ぎた。
この辺りはもう、建物すら見当たらない。
やたらに広い畑と、野放しになって背の高い草に覆われた空き地ばかりだ。
丁度良い具合に、誰も歩いていないな。
「ちょっと車、停めるからね」
「やッ・・・駄目ッ!!とめちゃ駄目ッ!!」
「これ以上走るのは、危ないからさ」
「とまらないでぇッ!!先生ッ!!
やだやだッ!!とまっちゃやだあああッ!!」
可哀想だけど、仕方無いんだってば。
大人の忠告はね、素直に聞くものなんだよ?
そうしてたら、こんな事にならなかったのにさぁ。
ウィンカーを出して、減速。
路肩に寄せながら徐行、停車。
「せ───せん、せ───たすけ、て───!」
ミラーに映るのは、両手で頭を抱え、ガタガタと震える姿。
困ったなぁ。
オジサン、そういうの見て喜ぶ趣味とか、無いんだけども。
───かたん。
何もしていないけれど、勝手にドアロックが解除され。
───がちゃ。
左後部のドアが開かれ。
「──────降りろ」
「いッ・・・ひいいッ!!!」
哀れ。
蜘蛛のお嬢さんは、車外へ引きずり出されましたとさ。
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ペットボトルの経口補水液を、2口飲み。
車を降りて、歩道へと出る。
長時間の運転は覿面、腰にくるねぇ。
運動不足ではない筈だけど、同じ姿勢ってのが厳しい。
やっぱり、年齢には勝てないな。
両手を突き上げ、背と腰を伸ばしていると───
おっ、戻って来た。
意外と早かったね。
「───母さん、やりすぎだよ」
「成体ではないとはいえ、《蜘蛛》は総じて『恐怖耐性』が高い。
あのくらいはまだ、優しい部類だ」
そうかなぁ。
絶対、トラウマになると思うんだけど。
「車は、直しておく」
「ああ、うん」
母さんが手をかざすと、たちまち車体の穴も凹みも消えた。
ほっ、と一安心。
中古だけど、購入したばかりだからね。
魔法って万能だなぁ。
「───あ。そういえば、彼女は?」
「ここからは、歩いて行くそうだ」
「ええっ??集合場所まで、まだ結構あるよ??」
「悪魔ならば、どうとでもなる。問題無い」
「まあ、それならいいけども」
あの子、道とか分かってるのかな?
途中でムカデとか食べて、遅刻しなきゃいいけど。
そんな事を考えていたら、ぐい、と抱き締められた。
「ええと」
「術式を補強しておく。
迂闊に触れようとした者が、消し飛ぶくらいに」
「───あはは」
その優しさは、ちょっと重くて、くすぐったいけれど。
やっぱり嬉しいものだ。
「慎一郎。食事は、きちんと摂っているか」
「うん」
「面倒だからと、朝食を抜かないように」
「うん」
「アルコールは、控え目に」
「う、うん」
「野菜をしっかり食べること」
「うん」
「部屋の掃除をすること」
「うん」
「アルコールは、控え目に」
「───」
それ、二度目だよ。
「あのさ。マーカスの事、あんまり苛めないでね?
彼、ああ見えて真面目だし、いいやつだからさ」
「・・・・・・善処する」
初秋の空に、飛行機雲。
心地良い風の中。
温かな感触と、母さんの香り。
結婚しないままこの年齢まで来て、これからもそのつもりは無いけれど。
自分は所謂『マザコン』、というやつなのかねぇ?
こうしている姿は誰も見ていないし、誰にも母さんは見えないから、いいけど。
───ところが。
───ここで致命的なミスを犯した事に、私は気付いていなかったのだ。
寝坊してバスに乗り遅れた、うっかり者の学生。
彼がバイト代を吹き飛ばす覚悟で、市内からタクシーに乗車したこと。
それが、私達の側を走り抜けたこと。
以降、理学部構造地質学教授・藤田慎一郎は。
”車を停め、恍惚の表情で『空気』を抱いていた”、と噂される羽目に───




