339話 白昼怪奇 02
「それで、藤田先生は」
「確か君、フランスからの留学だよね?」
またもや、おかしな方向へ流れそうな気配だ。
咄嗟に機先を制す。
「え?ええ、そうですけど」
「中東から来てる人達も多いと思うんだけど。
寮でトラブルとかは、無いのかい?」
「トラブル?」
「ほら、過激派の連中がさ、”フランス人は人質にせず、即殺害する”、とか。
ニュースでそういうのを見た事があるし、喧嘩にならないのかな、ってね」
「んーー。
留学で来るような層って、そもそも過激派や極端な原理主義じゃないですから。
人種や出身で勝手に判断された事なんて、全然無いなー。
グローバルな視点を持ってる分、会話してても楽しいし」
「そうなんだ」
「むしろ、今の先生の発言のほうが、差別ととられてもおかしくないですよ?」
「いやぁ。どうしてだろう、君には言われたくないなぁ」
「それで、藤田先生は」
「ああ、そこのスーパーで何か」
「先生っ!!」
うわっ!
急な大声に、ハンドルを切ってしまいそうだったよ。
危ないなぁ。
「誤魔化さないでください!」
「な、何をだい」
「先生は、付き合ってる人がいるんですか!?いないんですか!?」
「いないよ」
「じゃあ、私と結婚してください!」
嫌だよ。
───と、喉元まで出掛けた言葉に、ストップを掛ける。
これがマーカスだったら、そのまま言っちゃうんだろうね。
素直に。
しかし、私はいい感じに爛れた中年だ。
一般常識は当然のこと、象皮より厚い社交辞令で身を固め。
糠の如き鈍感さで、打たれた釘を受け流すことが出来る。
まず、50も終わりまで来て、急に《モテ期》なんかある訳がない。
そう見えるものは全て、《厄介事》だと断定していい。
それを踏まえた上で、更に。
お断りするにしても、相手は女性───の悪魔だ。
やり方を間違えれば大惨事となる。
「ふうむ。
一般的な男女なら、大抵は『交際』から始めると思うんだけど。
どうしていきなり、『結婚』なの?」
”YES”とも、”NO”とも明言せず。
自分の意見ではなく、世間の通例を前面に押し出し。
そして、逆に質問で返す。
決して《初手》から、相手を否定してはいけない。
───これぞ、世の荒波を越えてきた中年のテクニック!
まあ地味すぎて、自慢にはならないが。




