337話 家族の絆 07
”父上が、《地下牢の男》の記憶を消した”。
”真相へ至る部分を『暗闇』で塗り潰し、永久に葬り去った”。
・・・兄様の推察は、まさしく当たっている。
あれは、父上のミスだ。
心配する余りに、先走り過ぎたのだ。
私のほうで、いくらでも上手くやれたのに。
とは言え、疑いはしても疑い切れないのが、兄様の甘いところ。
愛おしい『美点』でもある。
・・・それに比べ、姉のほうはどうだ。
当時、真っ先に私を疑ってきた。
証拠も無いまま主犯扱いされ、首元に剣を突き付けられた。
いやはや、あの嗅覚は大したものだ。
以前から私がやっていた事の幾つかを知っているから、というのはあるが。
それが無かったとしても、そもそも姉とは全てが合わない。
だからこそ、結局疑われるのは私だっただろう。
・・・まあ、実際に誰が主犯か、と問うなら。
それは間違い無く、私だ。
母上を『9分間』に誘導した理由は、至極単純。
姉が大切にしているものを、台無しにしてやりたかった。
ただそれだけ。
勿論、殺される覚悟でやった事だ。
惜しい命でもない。
全て発覚した際には、あの大剣で真っ二つにされようとも構わなかった。
結果として姉は家を離れたから、一応『成功』なのだが。
ただ、ここを出て行く直前に、はっきりと宣言された。
”二度と自分の前に現れるな”。
”顔を見せたら、必ず殺す”、と。
それだけなら、まだ良かった。
どのみちこちらも、金輪際会いたくない。
力で敵うとも、思っていない。
邪魔者がいなくなって、小躍りしたいような気分だったのに。
・・・あろうことか、姉は《保険》を掛けた。
万が一にも出会ってしまい、《私を殺してしまわぬよう》。
父上から強奪する形で、ユーニスを雇って。
もしもの際に、私を『逃がす』ことを指示した。
これほどの。
臓腑が煮え滾るような、屈辱があろうか!
ああ、これぞ強者の傲慢だ。
好きに振る舞えるだけの力がある者は、そうでない者の気持ちなど分からない。
だから平気で、こんな仕打ちが出来る。
気に食わないなら、呼吸をするように殺せばいいのだ!
貫き引き裂いて、私の死体を窓から投げ捨てろ!
お前の温情など求めていない!
助命を乞うた憶えもない!
私は弱いから、呆気なく死んでやるというのに。
その気持ちさえも姉は、遥かな高みから踏みにじった。
・・・姉は、『炎狼』。
不定期に性別が変わるユーニスが、女である時に父上と成した子。
・・・私は、『蛇』。
ただの小さな『蛇』で、牙の奥に毒すら持たない、矮小な存在。
もはや9分間しか覚醒めぬあの女が、兄様を産んだ後の、残り滓。
それでも、領主の家にさえ生まれなければ、普通に暮らせただろうに。
草木の間を這い回り、分相応に生きてゆけただろうに。
力。
誰であれ打ち倒せる、目映いほどの、力。
遠く遠くに在るべきものを、あまりに間近で見てしまった故に。
私は狂った。
父上と関係を持ち。
他にも大勢の男達と交わり。
何百と産んでは、それを食べて。
今もひたすら、繰り返している。
けれども、たったこの程度。
位階に食い込めるかどうか、すれすれの力。
所詮、『蛇』は『蛇』でしかないのだ。
・・・ああ。
兄様だけが、私を苦しめない。
兄様だけが、私の心の拠り所。
どうか、幸せになってください。
ずっとずっと、笑っていてください。
その為なら喜んで、兄様と兄様が愛する女性に私の『カード』を貸しましょう。
私は、誰のパートナーにもなれない。
誰も、私のパートナーにはなれない。
私が歩む道の先には、破滅が待っている。
それを怖いとも、悲しいとも感じない。
けれど。
力を得ることの他に、目的ができた。
姉が出ていった、あの日から。
父上は。
数多の情欲に溺れた挙げ句、最終的に私に執着し。
ユーニスは。
自らが産んだ『炎狼』と父上を愛し、兄様と私を憎悪。
《恋敵》と認識した私に対しては、特に振り切れている。
姉は。
ただ自分を産んだだけのユーニスに、心を開かなかった。
けれど、《育ての母親》として慕った女はもう、死んだも同然。
そして、私は。
兄様以外に、何も必要ない。
これから新しい領主として、何食わぬ顔でこの領地を治めてゆく。
・・・これが《絆》だ。
・・・ブランフォール家の、愛憎に歪んだ《固い絆》。
さあ、そろそろ死体を貰いに行こう。
『墓守』は、私の話を面白そうに聞くばかり。
作り方に関して、何のヒントも出してくれない。
途中経過の物を見せてさえ、そう。
子供のままごとに付き合う如く、やんわりと曖昧に笑うだけ。
それでも、この方向で間違っていない自信が、確信がある。
真っ直ぐに進もう。
更に突き詰めよう。
きっと、私の『魔薬』は完成するのだ。
・・・姉とユーニスは、いずれ消し去る。
ああ、殺してなどやるものか。
9分さえも、生温い。
閉じ込めてやる。
必ずお前達を、《1分間》の中に。
未来永劫。
・
・
・
・
・
・
・
(以下、本編で語られることのない、裏話)
↓
作者:「・・・あの、メイエルさん・・・」
炎狼:「うん」
作者:「この先、私が《作者としてどう表現するか》は別としても。
アドリーを救う事は、もう無理だと思うんですけれど」
炎狼:「うん」
作者:「メイエルさんは、アドリーをどうしたいんですか?」
炎狼:「殺さない」
作者:「・・・」
炎狼:「あの子がやった事を絶対に赦さないし、女として軽蔑してる。
でも、あたしは誰のことも『減点方式』で採点したくない」
作者:「・・・」
炎狼:「あの子はね。昔はヴァレストよりも、あたしに懐いてたの。
”姉様、姉様”って、後ろをついてきて。
あたしの誕生日には、手作りのプレゼントだってくれたの」
炎狼:「とにかく、あたしの真似ばっかりしてね。
服だって、お揃いのを着たがった。
でも、真似出来ない事が増えてきて、自分の弱さに直面して。
頭が良いから、それが努力では埋められない、と理解してしまった。
そこから悪い方向に行ってしまったのは、分かる」
炎狼:「その結果、あの子がしでかした事を赦しはしないけど。
可愛い妹だった頃を、無かった事にするつもりもない。
忘れたくない」
炎狼:「───だから。絶対に、殺さない。
それが《強者の傲慢》《我儘》だとしても、それでいいよ」
作者:「その気持ちを、アドリーには」
炎狼:「言わない。言ったところで、伝わらない。
あの子はもう、痛みしか感じない」
作者:「・・・凄いですね、メイエルさん・・・私だったら、できない・・・」
炎狼:「だってあたし、強いし!(笑)」




