336話 家族の絆 06
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屋敷に戻り、執務室へと入る。
ブランフォール家の頭首、即ち『領主』専用の仕事場。
正式な就任はまだとは言え、父上は事実上の隠居だ。
すでにここは明け渡され、私の為の部屋となっている。
「アドリー様。これからの御予定は?」
私が巨大な執務机の椅子に座るより早く、ソファに腰掛けたユーニスが問う。
堂々たる、というか礼儀作法なんて無視した、いつも通りの振る舞いだ。
「取り敢えずは、今日の分の書類と格闘ね。
あと・・・天使の死体が足りない。
夜になったら、『墓守』の所へ行くわ」
「───ああ、またそんな恐ろしい呼び方を!」
「それ以外の名で呼ぶほうが、問題になるわよ」
「あそこへ行くのは、感心しませんね。
向こうがその気になれば、100回に1度くらいしか『逃がせない』ので」
「だったらいっそ、連いて来なければいいでしょう」
「そういう訳にもいかないから、言っているのですよ。
あれの能力を考えれば、せめて位階を取ってからにしてほしいものです」
「私に興味を持っているうちは、殺されやしないわ。
それに、位階は要らない。
取れてもどうせ、最下層の3桁よ?
それを守るべく毎日熾烈な争いをするような暇は、どこにも無いし」
「か弱いのですね、アドリー様は」
「ええ、そうね」
嬉しそうな表情を隠しもせず、ユーニスは刺繍を始めた。
ソファに腰を沈めていても、背はしっかりと伸びている。
穏やかな佇まいに隠した、瞬時に動く為の緊張感。
何も知らない者ならば、その姿や所作を『美しい』と表現するのだろう。
・・・私にとっては、《おぞましい生き物》だが。
「ああ、そういえば。坊っちゃんが面白い事を言っていましたよ」
「?」
「このユーニス・ライファーダが今、アドリー様に雇われているだとか。
アレは本当に、『おつむ』の出来が悪い男ですね!
あんまり得意気に話すものだから、褒めておきましたけれど」
「普通に考えれば、そういう結論に辿り着くでしょう?
私の前で兄様を貶めるのは、やめなさい」
「───なぁーにが『兄様』だ、策士気取りの馬鹿女」
瞼を開け、ユーニスが言った。
宝石のように綺麗な、少年の声で。
「お前も、あの男も。さっさと死ねばいいのに」
「私だってあなたの事をそう思っているから、あおいこね」
「───ふふ」
ゆっくりとまた瞼を閉じ、優しく笑う『逃がし屋』。
そんなモノに守られて生きている、か弱い『私』。
この殺伐とした遣り取りこそが、日常。
アドリー・ディエ・ブランフォールの歩いている、呪われた道の景色だ。




