334話 家族の絆 04
カタン。
テーブルにカップとソーサーを置くと、アドリーは頷き。
静かに一口飲んで、小さく息をつく。
「5年ほど前から衰弱が激しく、意思の疎通がとれない状態でした。
”これ以上の延命は意味が無いだろう”、という父上の判断で・・・そのまま」
「自然死、か」
「はい。
10世紀に渡る尋問の果てに、ですけれど」
出窓の横の壁にもたれて、俺もコーヒーを一口。
なんだろうな。
普通に淹れたのに、やけに苦く感じる。
「───お袋は?」
無言で数度、横に振られる首。
まあ、そうだろうな。
「結局、何も分からずに終わりか」
「”麻薬の名前は、『9分間』”。
”男が、売った”。
”母上がそれを、買った”。
これだけ長い時間をかけて引き出せたのは、たった3つだけです」
「どうにも納得がいかねぇよ。
この結果も、どうしてお袋が『9分間』に手を出したのかも」
「・・・・・・」
「効能は、誤解していたんだろうさ。
”9分間だけ効くんだ”、と。
売った男のほうも『新商品』だというだけで、詳しい知識が無かった。
麻薬のレベルを超えた危険物とは、思ってもいなかった」
「・・・・・・」
「だが、それにしたってだ。
何故お袋は、非合法な『物』に頼ろうと考えた?
たとえ一時でも何を忘れたくて、何から逃げ出したかったんだ?」
疑問系で話してはいるが、答えはすでに出ている。
ユーニスにも言った事だが、俺はもう子供じゃないのだ。
過去を振り返れば振り返るほど、思い当たるフシがある。
何で当時、頻繁に親父から頼まれて地上へ《お使い》に行かされたのか。
その間に屋敷では、何が行われていたのか。
「『原因』は、まさしく親父だろうよ。
そして───俺は。
《地下牢の男》から記憶を消したのも、親父だと思っている」
「兄様、それは!」
「だって、あんまりにも不自然だろう?
《卸し元》が誰なのか知らない。
幾つ卸されたかも、全部売り切ったのかも記憶に無い。
ただ、誰に売ったかだけ憶えている。
そんな都合のいい話があるかよ?」
「・・・・・・」
「記憶を消す魔法は、非常に使い方が難しい。
目的の部分だけ上手く削除したつもりでも、すぐに露呈するぞ。
掛けられた相手自身が、空白を違和感無く埋める為に『頑張ってしまう』。
《一番自然な正解》を復元してしまうからな。
だから、麻薬絡みの組織が男を『切る』なら。
一部じゃなくて、全部の記憶を消すはずだ。
一般常識とか生活習慣とか以外を、バッサリ全て消し去る。
いや。
そもそも、殺したほうがもっと早くて確実だ」
どうにも我慢が出来なくなり、タバコに火を付けてしまう。
「地下牢に放り込む前の段階で、親父が奴の頭の中に細工した。
消去して空白にするんじゃなく、『暗闇』と差し替えたか?
得意の能力を、上手く使ったもんだな」
「兄様、もう止しましょう・・・身内を疑うのは・・・」
顔を歪め、今にも泣き出しそうなアドリーを見て、激しく後悔。
これは何の証拠も無い、『俺の想像』に過ぎない。
ただの与太話。
そういうのを、これからブランフォール家の新頭首になる妹にぶつけるのは。
けっして兄として、褒められる事ではなかった。
「───悪い、もう言わない」
「・・・・・・」
今更どうこう考えたって、過去は変えられない。
お袋が元に戻ることもない。
俺だって、そこはもう諦めているのだ。
ただ、真実を知りたいという気持ちだけは───今も───
「───領主の就任式は、盛大にやるんだろ?
俺もちょっと顔を出しに戻るかな?」
強引に話題を変える。
というか、あんまり変わっていないかもだが。
「・・・領民への周知もありますから、式典は行いますけれど。
そこまで派手な事はしないですよ?」
ややぎごちなく、それでも乗ってくれるアドリー。
「友達とか呼んで、祝賀会は?」
「正直に言えば、その友達自体がいないです。
中等学校を卒業した後は、《百年学院》と《二百年学院》ですから。
友達になりたいような相手は、いませんでしたね」
《百年学院》、《二百年学院》。
これは人間界で言うところの、超有名難関大学にあたる。
地獄における全ての分野の学問を、その名の通りの年数を掛けて叩き込む場所。
もはや拷問じみた、至上の教育機関。
どっちも卒業するとか、合計で300年だぞ?
やってられねぇよ!
しかし、嫌でも行かされるのが、大領地の跡継ぎ達だ。
学歴として素晴らしい箔が付くから、親がそれを望む。
彼等にとっては領主になる為の、最終試練みたいなもの。
「やっぱり《学院》は、性格に難があるような奴が多いのか?」
「『鼻持ちならぬ』、という感じですね。
それに、どうしたって男性ばかりなので、下手に仲良くなると後が困ります。
嫁ぐ訳にはいきませんし、向こうが『入り婿』になるのも無理でしょう。
名家の嫡男ばかりですから」
「ああ、なるほどな」
「でも、私の結婚相手に関しては、心配する必要がありません。
いずれ父上が、適当な男性を連れてくるでしょうし」
「むう───」
お前、それでいいのか?
と言いたいところだが。
この展開はちょっと、あやしいぞ。
俺のドラゴニックなセンサーが、警告音を発している。
心当たりのあるキーワードが出て来たし。
素早く2本目のタバコに火を付けるべきだな、これは。
「ところで・・・兄様は、御結婚なさらないのですか?」
「!!」
ほら見ろ、これだ!
思った通りだよ!
「いや───なさらないことも、ない───」
「ということは、意中の方がいらっしゃるんですね!?」
「───いらっしゃらないことも、ない───」
途端にキラキラと目を輝かせる、アドリー。
やばいな。
これは、変なスイッチが入ってしまったようだ。
逃げ出したくなってきたぞ。
ここは、俺の『隠れ家』なのに。




