333話 家族の絆 03
突発的に、予約も無しで、誰にも知られず会う。
高い秘匿性を備え、会話の内容が外部に漏れることも無い。
そういった場所を”はい、どうぞ”、と提供しなければならない時。
どうしてもそれは、『ここ』になる。
───即ち、俺の大切な『隠れ家』。
渡る世の世知辛さから逃れ、大の男がダラっと気を抜ける空間。
結構な情熱をもってレイアウトや調度品にこだわった、秘密の部屋。
しかし、もう《有り難み》が無くなってしまったな。
何だかんだで、俺以外をここへ通し過ぎた。
自分だけの、という特別感が失せてしまった。
いっその事、『集会所』とか『宴会場』に改装しちまうか?
ギルバートやキースを呼んで、男だけの飲み会でも開くとか。
「久し振りだな───アドリー」
「お久し振りです、兄様」
軽く抱擁し、額に口付ける。
声を聞くのも、こうして触れ合うのも、いつ以来だろう。
地上で暮らし始めてから、実家へ顔を出したのなんて2、3回だ。
ちょっと背が伸びたな、妹よ。
「・・・煙草の匂い」
「あ!悪い!」
慌てて体を離そうとしたが、ぐい、と引き戻された。
「別に、いいですけどね。兄様らしいし」
「お、おう・・・」
可愛いやつめ!
この、この!
照れ隠しで、やや乱暴にアドリーの頭を撫でる。
大丈夫だ、ここにユーニスは居ない。
一緒に入って来ようとしたがアドリーに拒否され、『外』で待っている。
ざまあみろ。
兄妹水入らずなんだよ。
あいつのニヤけ顔を見ながら話なんかできるか、っての。
「お前、家督を継いだんだって?
新領主誕生ってわけだ、おめでとう!」
ひとしきりの家族的なスキンシップを終えた後、祝福の言葉。
しかし、途端にアドリーの表情が曇った。
「・・・嬉しくありません」
「え?」
「兄様も姉様も家を飛び出して。
もう私が継ぐ以外、ないじゃないですか」
「ああ、いや───その」
「私だって、夢や目標があったんですよ?
宇宙航海士の資格を取って、探査船に搭乗して。
『宇宙の一番端がどうなっているのか』自分の目で確かめたい、とか」
「お、それはいいな!宇宙にはロマンがある。
諦める必要なんて無いだろう、チャレンジしてみろよ」
「資格証書を壁に飾って、溜息をつくんですか?
外宇宙航海は、最短でも50年は帰って来れないんですよ?
その間、領地を投げっぱなしにできると思います?
兄様、良く考えてから言ってくださいね?」
「ええと───すまん───」
頬を膨らませて拗ねるアドリーに、謝る以外に無い。
俺も姉貴も、『人間かぶれ』の『放蕩悪魔』だ。
好き勝手にやってる分、全部こいつに押し付けちまったんだよなぁ。
「・・・はあ。
でも、覚悟は決めましたから、精一杯『領主』として頑張りますけど」
腰に手を当て、きりっ、と引き締められる顔。
白いブラウスに、膝が隠れる長さの青いスカート。
胸元には、赤いリボン。
「なんか、女学生みたいな領主様だな」
「だって、卒業したばかりですし。急に貫禄なんて出ません」
「いや、悪くはないさ。
ただ───若いって、いいよなぁ」
「そういう事を言い始めると、老けるのが早くなりますよ?」
「おい。ちょっと今の台詞、ユーニスぽいぞ」
「そうですか?」
ふふ、と悪戯っぽく微笑むアドリー。
「兄として忠告するが。《魔性の女》とか目指すなよ?」
「そうは仰いますけど私、『位階持ち』じゃありませんし。
領主としてはせめて、手練手管を身に付けていかないと。
ただ、正式な引き継ぎは、もう少し先になります。
手続きはしましたが、評議会の承認待ちで」
「そうか───コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「兄様が紅茶を淹れるなんて、イメージじゃないです。
コーヒーでお願いします」
「あいよ」
助かったぜ。
格好つけて茶葉は置いてるものの、湯の温度や作法とか、さっぱりだからな!
だが、ドリップコーヒーなら、それなりにイケるぞ。
洗い物とかの後始末以外は。
「それで、兄様」
「おう」
「お伝えしなければならない事が、あるのですが」
「んん?」
「・・・先日、《地下牢の男》が死亡しました」
「──────」
ドリッパーに紙フィルターをセットしながら。
俺は音を立てぬよう、静かに長い息を吐き出した。
これは、確かに───アジトじゃ喋れない話だな。




