331話 家族の絆 01
【家族の絆】
「───お久し振りですね、坊っちゃん。
いったい地上でどうしていらっしゃるかと、心配してましたが。
きちんと御自分の《一派》を持って、部下を抱えておられる。
身なりも風格も、立派なものですよ。
ああ、喜ばしい!
嬉しさのあまり───うう───涙が」
「おい、”坊っちゃん”って言うな。
あと、わざとバレるような演技をするのもやめろ」
「そこは察してくださいな、坊っちゃん。
言いたくもない事を言う時にこそ、演技が必要なのです」
「・・・・・・」
上品で、優雅で、おまけに嘘臭い笑顔。
おおよそ1000年振りの再会だが、何一つ変わってないな。
怖いくらいに、昔のままだ。
応接室のテーブルを挟んで座っている相手の名は、ユーニス。
性別不明、系統も種族も不明の悪魔である。
───職業は、《逃し屋》。
いかなる局面、どんな相手からでも依頼者を守り抜き、逃がすのが仕事だ。
戦って勝つより無傷で逃走させる事を優先する、特殊な傭兵稼業。
そしてこいつの場合は、『自分自身を逃がす』のも一流。
幼少時代とはいえ、姉貴のデザートを掻っ攫って逃走しやがったことがある。
いや、そもそも子供相手にどうかと思う行為だが、出した結果も凄過ぎる。
あの姉貴が根負けするまで逃げ続けるとか、空前絶後の偉業を達したのだ。
普通は半殺し確定だぞ?
狂気の沙汰としか言いようがない。
俺には絶対、真似出来ない。
したくもない。
「どうしました?何か、考え事でも?」
「・・・ああ。ちょっと昔の事をな」
穏やかな薄ら笑いのユーニスに、溜息混じりで応える。
腰に届くほどの艷やかな黒髪と、人形のように整った美貌。
そして、閉じられたままの瞼。
今まで一度も、こいつの目を見た事がない。
おそらくそれは、見たら後悔する類のものだろう。
懐かしいというより、不安のほうが先にくる感覚だ。
どうにも落ち着かないな。
自然と上着の内ポケットに手が伸び、タバコを取り出してしまう。
「俺も実家を離れてから、随分と経つ。
ガキの頃には分からなかった事も、色々と思い当たる、ってもんさ」
「ほほう。例えば?」
「親父が雇った腕利きで胡散臭い《逃し屋》が。
実は、公然とウチに潜り込んだ『妾』か『男妾』でもあった、とかな」
「ええ。そうですよ」
「悪びれもしねぇのか?
まあ、もう終わった事だからいいけどな」
「おやおや。何故『終わった』と思うんです?」
「そりゃあ、こっちが聞きたいくらいだよ」
ライターで火を付け、深々と吸い。
存分に肺へ溜めてから、ことさらゆっくりと吐く。
そうしてからでないと、口に出せない台詞だった。
「なあ、ユーニス。
お前、今・・・誰に雇われてんだ?」




