324話 Think about her. 06
《炎狼》は、悪魔側でも『制御不能な駒』だ。
そして、あまりにも危険過ぎる。
先の大戦では出て来なかったが、次もそうである保証は無い。
重要な局面で気紛れ的に参戦されたら、全て引っ繰り返る。
誇張無しに、それだけの力を持っている。
消えてもらえば、本当に楽になるのだ。
限られた数の『神器』を、誰に持たせるか。
持った者を、何処で戦わせるか。
そういった差配を、『突発的な不運』無しで安心して行えるようになる。
───《炎狼》の抹殺に、《悪魔レンダリア》は適任だ。
天使側には、人間達の《集合想念》を調節する手段がある。
これは『上司様』にも、念入りに確認を取ったのだが。
発生確率が30%を超えれば、任意の場所で強制的に発生せることが可能らしい。
ならば、ちょっとした世論操作で、30%になるよう底上げして。
ウェールズの《炎狼》の自宅に、《悪魔レンダリア》を出現させ───
と、それをやってしまえば、あからさまな敵対行動と見なされる。
実際には、砂漠の真ん中にでも発生させる準備だけしておき。
悪魔側が何らかの失態を犯した時、押し付けるのが良いだろう。
───”勘弁してやるから、その代わりに《悪魔レンダリア》を倒せ”、と。
向こうも馬鹿ではないから、簡単に倒せる相手だとは思わないはずだ。
何せ彼女の『設定』は、『始まりの血』。
間違いなく《四家》クラスだと想定される。
まあ、だからと言って討伐にあたり、《四家》は出せないだろう。
プライドの問題もあるし、何より出して負ける訳にはいかない。
《悪魔レンダリア》と《四家》が戦った場合。
わたしの予想では、呆気なく《四家》が敗北する。
いかな《四家》とて、地上において『現界』無しでの戦闘には制限が付く。
人間形態ではどう足掻いても、本来の半分しか力が発揮できない。
そして。
《悪魔レンダリア》のほうには、そんな面倒な『設定』は無いのだ。
負けたくないからと『現界』すれば、『休戦協定』の違反。
永久封印の対象になってしまう。
それを拒否した場合は即、『第二次大戦』の幕開け。
互いが望んでいる流れとは、言い難い。
───だからこそ、悪魔側は《炎狼》に討伐を要請するだろう。
───《四家》に匹敵する力を持ちながら、《四家》ではなく。
───『現界』しなくとも強さが変わらない、暴力の化身たる《炎狼》に。
評議会と《炎狼》の仲の悪さは、有名な話だ。
直接交渉は避けるに違いない。
おそらく、弟のヴァレストを仲介役にするのではないだろうか。
彼も彼で、昔から評議会とは揉めているらしいが。
根負けするほど日参して説得すれば、渋々《炎狼》に繋ぐだろう。
そこまでもってゆけば、交渉はもう成功したも同然。
強い相手と闘えるなら、と《炎狼》が了承する可能性は高い。
実際のところ、《炎狼》と闘り合えば───
《悪魔レンダリア》が負ける、とは思う。
そこそこ良い勝負をして、傷も負わせて。
最終的には、打ち倒される。
しかし、それでも構わないのだ。
勝てば勝ったで、《炎狼》が消えてくれる。
負けても瞬殺でさえなければ、戦闘データが取得できる。
我々からすると、これはリスク無しでメリットばかりの『美味い話』だ。
ランツェから《炎狼》が友達だとは、聞いている。
心は痛むが、『仕事』ならば割り切る。
勝手な思惑で強制発生された挙げ句、生贄となる 《悪魔レンダリア》。
哀れだとは思うが、『仕事』ならば割り切る。
現時点で我々の所有する《炎狼》の戦闘データは、一件しかない。
しかも、古い。
彼女が天界中央局まで攻め上った際の、交戦記録。
倒された『神聖報天騎士団』から吸い上げた物だけだ。
データが欲しい。
それが一件しかないのと、二件あるのでは、天と地ほどに変わってくる。
情報が複数になれば、比較が出来る。
比較することによって、予測が立てられる。
100年後の《炎狼》がどのくらい強くなっているのか。
それさえも、大まかにではあるものの、推測可能となる。
───ああ、本当に気が滅入る『仕事』だ。
《炎狼》に敗北した当時の『神聖報天騎士団』は、もう居ない。
生き残った団員さえ全て、《死亡扱い》となっている。
彼等は自決も許されず、文字通り《脳を吸い上げられた》。
最後まで首を縦に振らなかったのに、拘束台に括り付けられ。
自我の崩壊へ至るまで、ひたすら《炎狼》のモーションデータを抜かれ続けた。
わたしには、自分の命と天秤にかけるような『誇り』はないが。
それでも、他者のそれを想像することくらいはできる。
《武》に生きる者の矜持は、跡形も無く砕かれ。
無惨に汚された。
それを行ったのが、『上司様』の前任者だ。
こんなものは、ほんの一例。
どちらかと言えば、まだマシなほうで。
わたしの所属がいかに歪で腐っているか、良く分かるというものだ。
───よし。
───何とか報告書が仕上がった。
あとはこれを、00:00丁度に送信して。
即座にベッドへ入ろう。
休暇中にさえなってしまえば、『上司様』も内容の確認はしてこないだろう。
さあ、五連休の始まりだ。
一日目はとにかく、思う存分にゴロゴロして。
それから、久々にケニスとデートでもしようか───




