318話 幸せの側面、幸せな側面 05
ファリアちゃんには当然、ソファに座っていただき。
俺はテーブルを挟んだ向かい、キッチンから持って来た踏み台に腰掛けて。
ラバー製のコースターの上、慎重に『それ』を載せる。
無駄な抵抗かもしれないが、ロゴが正面を向くように回す。
ふう。
これ以上はもう、俺に出来る事なんて何一つ無い。
「・・・あーー、ええと。
こんなので申し訳ないんだけども」
───《お嬢様に、缶ビール》。
キンキンに冷えてようが、たっぷり飲めるロングサイズだろうが。
どう考えてもこれは、犯罪行為だ。
通報されたら、たちまちパトカーが3台は駆けつけるレベルだ。
けどさ。
マジで今、ビールしか無ぇんだよ!
何かツマミを出そうにも、冷蔵庫の中にあるのはマヨネーズだけ。
それも、力の限り絞りまくったらスプーン2杯出るかな、くらいの。
一昨日までは、貰い物のワインがあったんだけどなぁ。
風呂上がりにラッパ飲みしてたら、無くなっちまったんだよ。
おかしいなぁ。
「有難う。頂くわ」
「ああ、遠慮なく飲んでくれ」
饗す側としては、非常に格好が付かないが。
ここはその優しさに甘えておくぜ!
でも、《お嬢様》だからなぁ。
プルタブの開け方、知ってんのかな?
まあ、それを訊ねるのも何か、失礼な気がする。
俺のほうが先に開けたほうがいいか?
『相手より前に手を付けない』、とかいうマナーがあるのかもしれないし。
普段よりゆっくり目の動作でプルタブに指をかけ、起こす。
どうか、これで分かってくれますように!
カシュッ。
小気味良く炭酸が抜ける音。
水回りの件で、くたびれた後だ。
たまらず口を付け、ぐびっ、と飲る。
「・・・ッかああ〜〜〜!」
やべ。
下品過ぎたか、俺?
ちら、とお嬢様のほうを伺えば。
やっぱり慣れていない手付きで、それでも何とか開栓したところだった。
「──────」
白い喉を反らし、缶を傾け・・・って、おいおい、おい!
そんなに、いっちゃうの??
ねぇ!?
いけちゃうクチなの!?
───おそらく、一気に半分くらい流し込んで。
───ことん、とロング缶がコースターに戻された。
勿論、”ぷはぁ〜〜〜ッ!”とかは、しない。
流石、俺のファリアちゃんだぜ!
・・・ただ、なんか元気無いなぁ。
表情は普通だけど、覇気が無いというか。
いつもはそれこそ、色とりどりの花が背後に咲き誇ってるんだが。
今は、その全部がしょんぼりと項垂れてるような。
そんな感じに見える。
多分、何かあったんだろうな。
領主様だから、領地に関する事か?
聞けば答えてくれるかもだけど、俺なんかが鼻先を突っ込んでいいものか。
”悲しみの夜には囀るより、止まり木になれ。
それが、男ってもんだろう”
昔見た映画の中で、ハードボイルドな探偵が言ってたし。
そいつは依頼人の為なら、警察より先に現場へ駆けつけ。
ドアをピッキングで開けて入って証拠を消す、ブッ飛んだ奴だったけど。
ここは俺も一丁、ハードなボイルドに成り切るかね。
元々が、そうだし。
決して、意気地無しなんかじゃねぇし!
「───来週からしばらく、雨が続くそうね」
「ああ。なんかTVでそんな事言ってたな」
”困った時は、天気の話をしとけ”。
イギリス生まれの呑み仲間から、そう聞いた記憶がある。
てゆー事は、だ。
やっぱりファリアちゃんは、困ってんだな。
何かを抱えて俺んとこに来たのに、それを話せなくて。
───そして、沈黙。
───長い長い、沈黙。
ううむ。
俺のほうも、どうしたもんか。
『止まり木』と言っても、ただ黙ってろ、って事じゃないだろうし。
最初の勢いは凄かったが、残りは時折思い出したように飲む程度のお嬢様。
ああ、でも今、全部飲みきったか。
俺も足りないから、最後の2本、持って来るかな。
そう思って、立ち上がろうとした時。
「───カールベン」
「んん?」
目が合うと、何故か俯いて逸らされた。
ありゃ?
「貴方に、頼みたい事があるのだけれど」
お!
ついに来たか、本題が!
「どしたー?」
「───狼になってもらえないかしら」
「!!・・・今、ここでか?」
「ええ」
マジで??
いやそれ、どっちの意味で!?
『わおおん!』、のほうか!?
それとも、まさか。
『わおおん!わおおん!』、のほうなのかッ!?
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・・・わふん。
気の抜けた犬っころみたいな声がした。
あろうことか、自分の声にそっくりだった。
ソファに横たわる、『狼形態』の俺。
左半身を晒して、頭はファリアちゃんの膝の上。
柔らかいし。
めっちゃ、いい匂いするし。
・・・わふっ。
指が俺の毛皮を梳り、頬から耳の下、そして左脇腹へと流れてゆく。
ゆっくりと。
それが何度も繰り返される。
俺。
幸せだなぁ。
今の俺は、世界で一番幸福な狼だよ。
ゼラのやつも俺の中、同じ格好で転がって幸せそうに鼻を鳴らしてる。
最近ホント、『安定』してきてるし。
良かったな、ゼラ。
ファリアちゃんが時々、”大丈夫───大丈夫よ、きっと”、とか。
”でも、ケイショーケン(?)の争いが”、とか呟いてるのが気になるけど。
大丈夫さ!
俺だって、大丈夫じゃないからさ!
・・・わふふん!
ざまあみろってんだ、あの『ぬいぐるみドラゴン』!
こいつは、かなり差をつけてやったぜ!
膝枕だぞ、膝枕!!
常識的に考えてこれ、『結婚確定』じゃね?
もう『ゴールイン』しちゃっていいんじゃね?
ただ、さ。
一つ注文を付けさせて頂けるなら。
ファリアちゃん、もう少しだけ力を加減してくんねーかな?
このままだと、俺。
その。
・・・禿げちゃうんだけど。
左側だけ。




