316話 幸せの側面、幸せな側面 03
「・・・あの・・・」
絞り出した声が、まるで別人のそれに聞こえた。
裏返ってるとかじゃなく。
遠い遠い、水の底から響くような。
もう、こっちへ戻っている筈なのに。
まだ、《本》の中と繋がっているような。
「ええと、ですね。
・・・思ってたよりも、『沢山出てしまい』まして。
・・・そのどれもが、ちょっと、いや、『かなり刺激的なもの』でして」
こんな蒸し暑い夜、背筋に寒気が走るなんて思わなかった。
この緊張感というか絶望感、小さい頃以来だ。
登校して教室に入った途端、通学カバンを丸ごと忘れたのに気付いた時!
アレと同じ、《世界の終わり》レベルだよ!
「───そうなの?」
そうなんですよ!
お嬢様は分かっていらっしゃらない御様子。
そりゃ、まだ何も言ってませんからねぇ。
でも、《大惨事》なんですよ、これ!
「・・・ど、どうしましょうか・・・?」
パニック寸前のあたしは、お客に言うべきじゃない事を口にしてしまう。
「・・・聞きます?」
「ええ」
「・・・本当に?」
「まずは、その中の一つを聞かせて頂戴」
「・・・わ、わかりました」
ごくり、と音を立てて唾液を飲み下して。
深呼吸を2回。
あたしは、覚悟を決めた。
「・・・じゃあ、『一番軽め』のやつを、いきますね?」
「お願い」
「・・・・・・・・・・・・子供が十四人、生まれます」
お嬢様が、固まった。
というか、2人してフリーズした。
「───じゅう、よにん?」
「・・・ハイ」
「───こども、が?」
「・・・ハイ」
ドレスの袖が持ち上がり。
お嬢様は両手で、静かに顔を覆った。
ああああああ!!!
ごめんなさいいいい!!!
やっちゃったよおおお!!!
もっとオブラートに包んで言うべきだった??
それとも、良くない事だけど、いっそのこと嘘をついた方が良かった??
何にせよ、あたしには経験値が足りない。
それに、今更やり直しはきかない。
とにかく、あれだ。
当たり前過ぎるフォローをするしかない!
「あ、あのっ!『占い』の結果は、『確定』じゃないんです!
未来は、考えること、行動することによって変わってゆくもので!」
「───つまり、何もしなければ───子供が十四人生まれるのね」
「・・・ハイ」
助けて、先生。
いや、先生は助けてくれないだろうから。
助けて、お母さん。
「・・・他のも・・・その、聞きますか?」
「───やめておくわ」
「そうですね!それがいいと思います!」
正直、ほっとした。
たった一つで、この有様だし。
お嬢様もだけど、あたしの方だってこれ以上は精神が保ちそうにない。
「なんか、あの・・・こんな事になっちゃって、すみません・・・」
「いいのよ」
両手を降ろし、力無く微笑むお嬢様。
うう。
涙ぐんでいらっしゃる!
「謝る事ではないわ。貴女は、《本物の占い師》。
これからも自信を持って、堂々となさい」
「・・・・・・」
慰められちゃったよ、お客様に!
占い師として、どうなのよ、これ!
「有難う」
「いえ!こちらこそ、ありがとうございました!!」
椅子から立ち上がったお嬢様に、しっかりと頭を下げ。
心の中、高速で”ごめんなさい”を5回繰り返し。
それから視線を元に戻した時。
・・・誰もいなかった。
あれ??
消えた??
走り去ったにしたって、通りの何処にも姿が。
え??
何、今のって夢なの??
いや。
『今の』って。
・・・何の事?
ちょっとぉ。
しっかりしてよ、あたし。
もしかしなくても、うたた寝??
何処かで、溜息のような。
フクロウの啼き声がした。




