315話 幸せの側面、幸せな側面 02
(───これ、何か間違えてるんじゃないかな)
マーヤ・エルネーは、心の中。
もう何度目になるかも分からない、同じ問いを繰り返していた。
押して来た台車から、折り畳みの椅子やテーブルを降ろし。
何となく『店のようなもの』を広げて、はや3時間。
未だに客はおろか、立ち止まってくれる人さえいない。
そうなると、何か根本的なミスがあるのでは、と考えてしまう。
例えば・・・そう。
そもそも、ここに『店』を出していいのか。
場所選びがどうこうの話ではなく、《許されているのか》だ。
突然、怖い人達がやって来て、怒られるんじゃないか。
何処かへ連れて行かれ、とんでもない目に合うんじゃないか。
夜の街のルールみたいなものが、全く分からない。
他の『路上出店者』を真似て、それっぽくやってるだけだ。
そこに致命的な誤りがあるのか。
それともただ運悪く、客が来ないだけなのか。
その判断が付かないから、どんどん不安は大きくなってゆく。
座り続けているせいで、かなりお尻が痛い。
もう泣きそう。
夢破れて、じゃないけれど、貯金が尽き。
故郷へ戻ってから、2ヶ月が経過した。
最初は再会を喜んでいた両親も、今では視線が冷たい。
というか、かなりの嫌味を言われている。
そりゃあ実の娘といえど、いい歳して働きもしないのは駄目だろう。
何とかして稼いで、食費くらいは入れないと立場が無い。
そして、自分が出来る事。
出来そうな事といえば、《占い》くらいのもの。
だが、それですらお金にならないのだったら。
(飲み屋でウェイトレスでも、やるしかないのかなぁ)
《占い》を学ぶ為に費やした時間と貯金は、全部無駄になるけど。
でも、その前にやれるだけはやらないと。
いつまでもここで項垂れてたって、埒が明かない。
恥を忍んで、他の占い師に聞いてみようか?
お客さんが来る秘訣とか、そういうのがあるかもしれないし。
まあ、教えてくれない可能性が高いけど。
(休憩がてらに1回、『店仕舞』するかな)
凝り固まった両腿を揉み解して、立ち上がりかけた時。
───いつの間にか向かいの椅子に座っていた女性と、目が合った。
あれ?
あたし、ずっと前を向いてたよね?
椅子を引くところも、座るところも、見てないんだけど?
え??
・
・
・
・
・
・
・
バクバクと拍動する心臓の高鳴りを抑え。
やっとの事で口を開く。
「その・・・ワタクシ、本日が初めての『仕事』でして・・・。
それで、初めての『お客様』でありまして・・・」
我ながら、かなりおかしな口調。
そうなるのも仕方が無い。
目の前の女性は、どこからどう見ても《お嬢様》だ。
《お嬢様》な『お客様』だ。
女優みたいに整った顔立ちに、長く美しいブロンドヘア。
ワインレッドと黒の、豪奢なドレス。
何処かで開催された、セレブ的なパーティーの帰りだろうか?
「一応、さる高名な方に2年ほど師事し、独立を許されまして」
ちゃんとした占い師であることも、アピールしておく。
これは嘘じゃなく、真実。
ただし、より正確に言えば、『放り出された』だ。
そもそもあたしは、先生の好みじゃなかったようで。
おべっかを使うのが上手い訳でも無い、鬱陶しい生徒だったんだろうなぁ。
基本を教えてくれただけ、マシと言えばマシなんだけど。
「でも、あの・・・何だったら、他の占い師の方もいらっしゃるので・・・」
うわーー!!
せっかくの初仕事なのに!!
あたし、全力で逃げようとしてるよ!!
「いいえ。貴女にお願いするわ」
「そ・・・そうですか?」
ありがとう!
ありがとうございます、お嬢様!!
「ええと、じゃあ、料金はこちらの通りなんですけど」
テーブルの上に置いた自作のポップを指で示して。
「現金か、スマホがあればQRコードで」
お嬢様が、何処からともなくスマホを取り出す。
いや、ホントに今、何処から出しました??
でも、余計な事を考えてる場合じゃないや。
あたしも慌てて自分のスマホを操作し、QRコードの画面を呼び出して。
「こちらを読み込んでいただいて・・・そう、はい。
『決済する』をタップして・・・はい、オーケーです!
・・・それでは、えーー。
どういった事を、御希望でしょうか?」
「──────結婚についてを、お願いしたいのだけれど」
かなり間を空けてから、お嬢様が少し恥ずかしそうに言った。
「なるほど」
・・・結婚、かぁ。
これ、”結婚出来るか”という意味じゃないよね、きっと。
こんな美人さんだもん。
本人さえその気なら、この大通りを歩いてる誰とだって結婚出来るよ。
多分、”結婚したらどうなるか”、を観てほしいんだよね?
すでにお相手も決まっていて、でも将来が不安で。
そういう事なんだろうなぁ。
「・・・分かりました。
では、占いますので・・・しばらくお待ちください」
銀織りの掛け布を外し、水晶珠を晒す。
ちょっと小さ目で、あんまり見栄えするものじゃないけど。
これ、物凄く高かった。
先生の口利きで安くなってる筈なんだけど、それでも高かった。
この値段分を回収するのに、多分3年くらいは・・・っと!
雑念を消さなきゃ。
初めてのお客様。
占い師としての、初仕事だ。
落ち着いて、集中して。
《本》を読むように。
どこにでも存って、誰が読んでもいい《本》を。
そのページを捲るように。
深く。
深く。
物語の中に、無色透明な自分の体が入ってゆくように。
車の音も、人の声も、聞こえない。
ただ、《本》を読む。
次のページに進む。
───そして、あたしは。
───あまりの恐ろしさに、打ち震えた。




