314話 幸せの側面、幸せな側面 01
【幸せの側面、幸せな側面】
───温い風の中を歩く。
生きたままで、命無き死者のように。
そこでは暮らせない存在が、うっかりと迷い込んだように。
”珍しいから、少しだけ見ていこう”。
そんな『ふり』をしながら、ゆっくりと。
舗装された道の上、足音を立てず、ただ影が通り過ぎるように。
私は、夜が好きだ。
煙る月も。
瞬く星も。
沈んだ陽に抗うように明かりを灯す場所さえ、嫌いではない。
夜の街は。
季節を問わず一定の人混みを抱え、独自の世界を作り出している。
疲れた顔で、ただ家路を急ぐ者。
一夜限りと分かった上で、享楽に身を浸す者。
明日も同じ時間にいるだろう、この場所で糧を得て生きる者。
───それらのいずれでもない私が、静かに道を歩く。
領地の視察。
そんな名目を付けてはいるが、実際はそんな大袈裟なものではない。
ただの『散策』だ。
『気分転換』。
けれど、今回はいつもと違い、朧気ではあるものの《目的》がある。
容易に口には出せない、とても私的で重要な、《目的》が。
───アルヴァレストへ申し込んだ、婚約。
返答はまだ無いが、それは想定内の事。
どれだけ時間が掛かろうと、別に構わない。
彼も私も、事実上の《不老不死》だ。
殺されない限りは、死ぬこともない。
”最終的に私達は婚姻し、結ばれる”。
そこに関しては『確定だ』と思っているし、微塵も疑わない。
安心すらしている。
───問題は、その先だ。
人間達が好む『恋愛映画』や『恋愛ドラマ』を、幾つか観賞してみたが。
それらはみな、主人公とその相手が結ばれる課程を描いたもので。
そこから後の描写が無い。
私が知りたいのは、その部分。
結婚してからの関係が、それ以前とどう変わるのか。
どんな問題が起こり得るのか。
そういう、『未来に於いてあるかもしれない事』を、把握したいのだ。
───誰かに訊ねるのは、非常に憚られる。
当事者のアルヴァレストに聞くのは当然、論外。
クライスだとからかってくるだろうし、そもそも彼は未婚で。
いや。
それ以前に、事情を知る関係者に問うのは、かなりの気恥ずかしさがある。
人ならざる者同士の結婚である事は、伏せるにしても。
誰彼構わず聞けるような内容とは言い難く。
更には、まだそこへ『至っていない』状態での『疑問』なのだ。
相手によっては、”気が急いている”と笑われたっておかしくない。
───今の私に必要なものは、何なのか。
『助言』?
それは違う。
起きてしまった事、直面する現実に対しては有効であるけれど。
未来に関して的確な助言ができる者など、それこそ《神》くらいだろう。
もっと汎用的な、『何か』。
ごく自然で、誰にでも当て嵌まるような。
女性誌の1ページに掲載されていても、おかしくないような。
そう───《占い》。
《占い》だ。
真っ先に思い浮かぶのは、シオラの顔。
けれど、彼女は適切ではない。
危険だ。
万が一、『3度に1度のほう』を引き当ててしまった場合、どうなるか?
『あれ』は細部まで全て、完璧に的中する。
彼女が『見た』その瞬間、事実として確定し、固定されてしまう。
つまり。
どこにも逃げ場がなくなる。
私は、そこまでシビアな解答を求めていない。
むしろ、避けたい。
もっとこう、”ふわっとした感じ”でいいのだ。
考え方次第で、様々な可能性があるような。
かと言って、口から出まかせの『インチキ』は駄目だ。
ある程度の信頼、信憑性があって。
なお且つ、”ふわっと”、逃げる余地のある『占い』。
───ああ、自分でも我儘だとは思う。
しかし、譲れない。
私の婚姻は、ズィーエルハイトの将来に直結する事。
そういう意味では、『公私』を完全に切り離す訳にはいかず。
考えること自体を放棄する訳にもいかない。
一体、どうしたものか。
頭の中の霧は、いつまで経っても晴れる気配が無いようだ。
喧騒の中に溜息を零し、繁華街の人混みを進む。
賑わいはあれど、大都市のような規模ではなく。
したがって、好きに選べるほど《占い師》ばかりが並んでいる筈もなく。
取り敢えず3人は見付けたけれど、あまり良い印象を受けなかった。
客がついていて、順番待ちを抱えている者もいたが。
愛想と口の回りはともかく、肝心な占いの素養は殆ど無さそうだ。
会話を楽しみたいだけならそれこそ、『そういう店』に入ればいい。
私が求めているのは、本格的ではない、本物の占い師。
彼等がその条件を満たしているとは、少しも思えない。
横断歩道を渡ってもう1本の通りへ入れば、他にも占い師がいるかも。
ただし、あそこは《人ならざる者》が多く生活する場所だ。
挨拶され、それに応じているうちに、本来の目的は消え去ってしまうだろう。
まったくもって、そうなる予感しかしない。
どうするべきか。
今夜のところは、一旦諦めようか。
それとも───
周囲に合わせて立ち止まり、向かいの信号機を見つめていると。
小さく、梟の啼き声が聴こえた。
視線を動かせば、古めかしい書店とシャッターを降ろした建物の隙間。
紫色のクロスを敷いたテーブルに、『それ』は止まっていた。
半透明の、梟。
これは、《守護者》の類だろうか?
道を往く人間達に見えないのは当然にしても。
その奥に座った『守護されている者』さえ、気付いていないようだけれど。
私と目が合った『それ』は、じっとこちらを見つめ返し。
静かに片方だけ翼を広げて、囁いた。
”オ嬢サン・・・占イ、ヤッテルヨ”




