312話 悪魔のプライド 05
「・・・補償は、される。きちんと支払われる」
「いつかな?」
「・・・近日中に」
「どれくらいかね」
「手数料を引いた分だ。そこは、譲れんぞ!
我々とて、慈善団体ではない!
運営資金として最低限は必要だ!」
「いやいや、それはおかしいだろう。
HMAの運営、活動に関しては、《加盟料》から充てられる筈だぞ?
支払う時に皆、そう説明されているんだが?」
「そ・・それは!・・・それだけでは足らんからだ!」
「我輩、足りない訳は無いと思うぞー?
HMAを発足させた際、毎年何件もの『権利侵害』があると見込んでいたのか?
んん??
そこから《侵害料》を徴収して、収支に入れるつもりだったのか?」
「・・・・・・」
「そうではなかろう?
本来のビジネスモデルは、《加盟料》のみを収入基盤にしていた筈だぞ?
それが崩れてしまっているなら、一旦HMAを解体したほうがいいな。
きちんと専門のプランナーを入れて、イチから組み直すのを薦めるが?」
「・・・え・・・あ・・・いや」
「HMAは、大丈夫なのか?
破綻しかけていて、どこからか資金の借り入れをしているとか。
そういう事も無く、ちゃんとやっていけてるのか?」
「も、勿論だ!」
「じゃあ、《TCC!》には全額支払われるよな?」
「あ・・・ああ」
これは、『負け』ではない。
けっして、敗北に非ず。
戦場に於いて、時間経過と共に伸び切った戦線を一旦、引き戻し。
実質上の《攻性ライン》を維持したまま戦力の集結を図る、『上策』。
馬鹿には退却としか思えぬだろうがな。
それが、馬鹿の馬鹿たる所以よ。
ふん、解説などしてやるものか。
地獄の音楽界にダルホーゼンあり、と怖れられた私だ。
思考停止する事無く、常に先の先まで読み続け───
「───そういえば、もう1つあったな」
「なっ・・・何がだ!」
「我輩も悪魔であるからして、当然ながら地獄に知り合いは多くてだな」
「・・・・・・」
こやつは!
当然でない事を、当然のように言いおって!
「しかし、どうにも妙なのだ。
HMAがフェスを開催したとか、コンテストの参加者を募ったとか。
そういう類の話を、とんと聞かんのだが。
そのあたり、どうなっておるのだ?
んん??」
「言い掛かりは止してもらおう。
年に3回から4回程度は、音楽祭や公開オーディションを」
「有志団体のイベントに名前だけ出して協賛、とかではないぞ?
『HMAが主催の』、だぞ?」
「・・・・・・」
「シーンを牽引するのは、個々のアーティストやレーベルだが。
音楽界自体を発展させて盛り上げるのは、協会の役目だろう?
アマチュアが活躍出来る場を提供し、世に知らしめるきっかけを作り。
大手のレーベルが認めるほど高いレベルの、コンテストを設けて。
そういう活動をやってこその、HMAじゃないのか?」
「・・・・・・」
「そもそもだなー。
我輩《加盟料》として、人間界で『それなりの家』が3軒建つ程には払ったが。
その時に、おぬしと約束したよな??
後進アーティスト達の支援に使ってくれ、と。
いずれは彼等が地上でもライブが出来るよう、道筋を立ててくれ、と。
あれは全部、我輩の思い違いか??」
「・・・いや・・・そ、それ、は」
「───ううむ。これはイカンなあ。
こういうのはちょっと、捨て置けんぞ?」
奴は、声を荒げるでも詰め寄るでもなく、静かに腕を組んだ。
ほんの、それだけの動作で、気圧される。
魔力の有無など、関係無い。
そういう次元の話ではない。
『大悪魔の風格』に、思わず足が退がって。
背中が廊下の壁に張り付き、そこで止まった。
汗が。
冷たい汗が、ゆっくりと頬を伝い下りた。




